黙示録12

 

 

黙示録12・1-6

また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。

 

 

黙示録12・7-12

さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、 勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。

 

「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。

神のメシアの権威が現れた。

我々の兄弟たちを告発する者、

昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、

投げ落とされたからである。

兄弟たちは、小羊の血と

自分たちの証しの言葉とで、

彼に打ち勝った。

彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。

このゆえに、もろもろの天と、

その中に住む者たちよ、喜べ。

地と海とは不幸である。

悪魔は怒りに燃えて、

お前たちのところへ降って行った。

残された時が少ないのを知ったからである。」

 

 

 

黙示録12・13-18

竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われることになっていた。蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。 竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。そして、竜は海辺の砂の上に立った。

 

 

啓示による黙示録解説P667

霊的意義

(12章)全章の内容

 それはここでは新しい教会とその教義とを取り扱っている。即ち『その女』によりここでは新しい教会が意味され、その女の生んだ『子供』により、その新しい教会の教義が意味されている。それはまた、現今の教会内で、教義から三人格の三一性を、キリストの一人格の二元性を信じ、同じく信仰のみによる義認を信じている者らを取り扱っており、これらの者は『竜』により意味されている。次にそれはこれらの者により新しい教会が、その教義のゆえに迫害されるが、主により庇護されて、遂には僅かな者たちから多くの者の間に増大することを取り扱っている。

 

 

各節の内容

 

黙示録12・1

『一つの大いなる印が天に見られた』は、諸天界と地上における主の新しい教会について、またその教義が受け入れられるには困難であり、また抵抗されることについて主から与えられた啓示を意味している(532番)。『陽を着、月を足の下に置いた一人の女』は、新しい天界であるところの、諸天界における主の新しい教会と、新しいエルサレムであるところの、地上にまさに存在しようとしている主の新しい教会とを意味している(533番)。『その頭に十二の星の冠があり』は、聖言から発している神的善と神的真理とに関わる知識から発しているその教会の知恵と理知とを意味している(534番)。

 

 

黙示録12・2

『彼女は身篭っていて、産気づいて、生み出そうとして苦しんで、叫んだ』は、まさに生まれ出ようとしている新しい教会の教義と、それが竜により意味されている者らによって抵抗されるため、受け入れられるには困難であることを意味している(535番)。

 

 

黙示録12・3

『他の一つの印が天に見られた』は、新しい教会とその教義とに反抗する者らについて主から与えられた啓示を意味している(536番)。『見よ、一つの大いなる赤い竜』は、改革派の教会内で神を三(人格)となし、主を二(人格)となし、仁慈を信仰から分離して、信仰を(人間を)救うものとはするが、同時に仁慈を人間を救うものとはしない者らを意味している(537番)。『七つの頭を持ち』は、誤謬化され、冒涜された聖言の諸真理から発した狂気を意味している(538番)。『十の角』は多くの力を意味している(539番)。『その頭に七つの冠りものをつけていた』は、誤謬化され、冒涜され、冒涜された聖言の凡ゆる真理を意味している(540番)。

 

 

黙示録12・4

『その竜は天の星の三分の一を引いて、それらを地に投げつけた』は、彼らは聖言の諸真理を誤謬化することによって、善と真理とにかかわる霊的な知識をことごとく教会から遠ざけ、それらを、誤謬に適用することによって、全く破壊してしまったことを意味している(541番)。 『その竜はまさに(子を)生み出そうとしているその女の前に立って、その女が生み出した後で、その子を食い尽くそうとした』は、『その竜』により意味されている者らは、新しい教会の教義をそれが現れるとすぐに消散させようと努めることを意味している(542番)。

 

 

黙示録12・5

『彼女は息子を、男の子を生んだ』は新しい教会の教義を意味している(543番)。 『彼は凡ゆる国民を鉄の棒で守ることになっていた』は、それは〔新しい教会の教義は〕、聖言の文字の意味から発している諸真理により、また同時に、自然的な光から発している合理的な物により、仁慈から分離した信仰から発した礼拝の中にはいるが、進んで納得しようとする者たちを納得させるであろう、を意味している(544番)。 『そしてその子は神とその王座のもとへ携え上げられた』は、その教義が主により庇護され、天界の諸天使により警護されることを意味している(545番)。

 

 

黙示録12・6

『その女は荒野へ逃げた』は、最初僅かな者たちの間に在るその教会を意味している(546番)。 『そこに彼女は神により備えられた所をもっていて、千二百六十日養われる』は、その時その教会の状態を、即ち、その間それが多くの者の間に増大して、遂にはその完全な生長に達するために準備がなされていることを意味している(547番)。

 

 

黙示録12・7

『天に戦いが起り、ミカエルとその天使たちとは竜と戦い、竜とその使いらも戦った』は、新しい教会の諸真理に反抗して戦う前の教義の誤謬を意味している(548番)。

 

 

黙示録12・8

『彼らは勝たなかった、で、天には最早彼らの所は見出されなかった』は、彼らは誤謬と悪の中にいることを納得はしたものの、依然その中に止まったため、それで天界との連結から切り離たれ、投げ落とされたことを意味している(549番)。

 

 

黙示録12・9

『かの大いなる竜、悪魔と悪鬼と呼ばれた、かの古い蛇は投げ出された』は、このようにして主から自分自身へ、天界から世へ向い、引いては己が欲念の悪へ、誤謬へ入ることを意味している(550番)。 『全世界をたぶらかす』は、彼らは教会の凡ゆる事柄を歪曲することを意味している(551番)。 『彼は地へ投げつけられ、その使いらも彼と共に(そこへ投げつけられた)』は、霊たちの世界へ(投げ落とされたこと)を意味しており、それは天界と地獄との間に介在していて、地上の人間と直接に連結している(552番)。

 

 

黙示録12・10

『私は天に一つの大いなる声が(以下のように)言うのを聞いた、今や私らの神の救いと力と王国と、そのキリストの主権が来た』は、主のみが今や天界と教会とを支配され、主を信じる者たちは救われるために、天界の天使たちが喜ぶことを意味している(553番)。 『私らの兄弟たちを責める者らは、昼も夜も私らの神の前に彼らを責めた者らは投げ落とされたからである』は、新しい教会の教義に対立した者らは最後の審判により遠ざけられたことを意味している(554番)。

 

 

黙示録12・11

『彼らは小羊の血を通し、その証の言葉を通して彼に勝った』は、聖言の神的真理により、主を承認することにより勝つことを意味している(555番)。 『彼らはその魂を死ぬまでも愛しなかった』は、彼らは彼ら自身を主よりも愛しなかった、を意味している(556番)。

 

 

黙示録12・12

『諸々の天よ、天に住む者たちよ、このために楽しめよ』は、彼らは主の中に、主は彼らの中におられるところの、天界の新しい状態を意味している(557番)。 『禍いなるから、地と海に住む者よ! 悪魔が大いなる怒りをもって、あなたらのもとへ降ったからである』は、教会内で信仰の誤謬の中におり、引いては生命の悪の中にいる者らは、竜と連結していたために、その者らのために嘆き悲しむことを意味している(558番)。 『自分には僅かな時しかないことを知りつつ』は、なぜなら彼は、新しい天界が形作られ、かくて地上に新しい教会がまさに存在しようとしており、その時彼がその同類の者と共に地獄へ投げ込まれるであろうことを知っているからである、を意味している(559番)。

 

 

黙示録12・13

『その竜は自分が地へ投げつけられたことを見ると、その息子を生んだその女を迫害した』は、霊たちの世界の竜どもは、投げ落とされるとすぐに、新しい教会をその教義のために悩ませ初めたことを意味している(560番)。

 

 

黙示録12・14

『その女に、荒野の彼女の所へ飛んで行くために、大いなる鷲の二つの翼が与えられた』は、その教会が未だ少数の者に限定されている間におけるその教会に対する神のすべての配慮とその庇護とを意味している(561番)。 『そこに彼女は、その蛇の顔から逃れて、一時、数時、半時、養われる』は、たぶらかす者らの狡猾さのため、その(新しい教会の)会員たちが増大して、遂にその新しい教会が完全に生長するようにとの配慮の下に備えが為されることを意味している(562番)。

 

 

黙示録12・15

『その蛇はその女の後から水を川のように口から吐き出して、その川により彼女を呑み込もうとした』は、教会を破壊しようとする夥しい誤謬から発した理論を意味している(563番)。 

 

 

黙示録12・16

『地は女を助けた、地はその口を開いて、その竜が口から吐き出した川を呑み込んでしまった』は、その理論はいかほど夥しくても、新しい教会を構成しているミカエルたちの提供する霊的な諸真理が合理的に理解される時、その霊的な真理の前には無に帰してしまうことを意味している(564番)。

 

 

黙示録12・17

『その竜はその女を怒り、その裔の残りの者で、神の戒めを守り、イエス・キリストの証を持っている者たちと戦うために去った』は、主における神的なものと人間的なものとの神秘的な結合と、信仰のみによる義認とを確認して、自分自身を賢明な者であると考えている者らの中に、主のみを天地の神として承認し、十戒が生命〔生活〕の律法であることを承認している者たちに向って掻き立てられる憎悪の火と、初心者たちをたぶらかそうとの意図をもってこれを攻撃することを意味している(565番)。

 

 

黙示録12・18

『そして私は海の砂の上に立った』は、彼の状態は今は霊的自然的なものであることを意味している(565番イ)。

 

 

 

 

 

 

 

天界の秘義253

 

教会が『女』また『妻』『花嫁』『処女』『娘』と呼ばれているのは天界的な天使的な自分自身のものによっている。それは黙示録には『女』と呼ばれているのである―

 

陽を着た女がいて、その足の下に月が在り、その頭に十二の星の冠があった。竜は男の子を生んだ女を迫害した(黙示録12・1また4-10)。

 

この記事では『女』により教会が、『陽』により愛が、『月』により信仰が、『星』により前のように信仰の諸真理が意味され、その凡てを悪霊は憎み、極限までも迫害するのである。

 

 

真の基督教648

 

前の教会の信仰は黙示録(12章)に龍によって表され、新しい教会の信仰は陽に囲まれ、頭に十二の星の冠を戴いた婦人によって表されている。若しそれらが人間の心の中に共に置かれるならば、その心の状態は如何ようになるであろうかは、容易に推測され得るであろう。龍はその女が将に子を産もうとする時、その子を噛み砕こうとして、その近くに立ち、女が荒野に逃げると、その後を追い、これを飲みつくそうとして、洪水のような水をその後から注ぎかけるであろう。

 

 

グリニョン・ド・モンフォール/聖母マリアへのまことの信心234

 

福音記者・聖ヨハネが次のように記録しています。「また、巨大なしるしが天に現われた。ひとりの女が太陽を着て、月を足の下に踏み、頭には十二の星の冠をかぶっていた」(黙示録12・1)。さて、聖書解釈者の一致した意見によれば、この女こそ、聖母マリアなのです。

 

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/2巻上P63

 

太陽を着た母は、あなたがたを棄てません。

 

 

デボラ/生ける神よりあかされた英知/4巻上P151

 

現在彼女は、第二の聖霊降臨のために働き、全ての事の刷新の仕事を行いながら、人類をさらに新しい出会いのために準備しているのである。彼女は唯一の源泉、真のエクメニズムの土台、その母の眼差しのもとに、あらゆる民とあらゆる人間を集めながら、古代からの敵に対して勝利をおさめる『太陽を着た女性』である。彼女はミリアム、まことの平和の清い鳩、豊かに葉の茂ったおん父のオリーブの実、平和な私の聖心の母である。

 

 

聖母から司祭へ/1989.5.14

 

主はわたしにその光をまとわせ、聖霊はその神的能力をまとわせてくださいました。そのためにこそ、わたしは「壮大なしるしとして天に現れた太陽に包まれた婦人です」(黙示録12・1)。それは、全人類を大きな赤い龍の支配から取りもどし、聖三位一体に完全な光栄を帰するためにつれもどす役割を、わたしがもっているからです。

 

 

聖母から司祭へ/1987.10.9

 

太陽に包まれた婦人であるわたしが、赤い龍にうち勝ち、かれを鎖でしばり、地獄にとじこめて、もう地上に被害を加えないようにする時が、すでに来たのです。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/1巻P362

 

ヴァッスーラ:イエス?

 

主:私です、

 

ヴァッスーラ:イエス、私は聖母に対して言われたすべての侮辱を贖いたいと思います。あなたの被造物たちから聖母に対してなされた侮辱の言葉を聞くに耐えないのです。特にあなたに仕える者たちからの。私は死んでも聖母をお守りしたいのです。

 

主:ヴァッスーラ 愛がそれらの侮辱を聞くに忍びず いかに苦しんでいるかを分らせてあげよう。

ヴァッスーラ 私 主は 御母を尊んでいることが知られるように、御母を侮辱する人たちは 御母が天の元后であり、私 主が御母の頭に、十二の星からなる冠をおいたことを知るように。 御母は治めておられる、愛する者よ そしてこれもみことばの中に書かれてあることです。 私は御母を尊んでいる そして私と同じようにあなた方も御母を尊ぶべきです。 愛している、御母も私もともに あなたを祝福する。

 

ヴァッスーラ:主よ、主任司祭は御母を私たちの聖なる母として否定したのです。そして私たちが御母を尊ぶべきだということを、それで、あなたがそれを十字架の上からおっしゃったとお伝えすると、この司祭は言いました。それはヨハネにたいしてだけおっしゃったので、聖書のどこにも御母は私たちの母親でもあることは書かれてないと。それに、私たちが御母の子どもだとも書いてないと言われます。

 

主:しかし もう一度言う 娘よ、私の母は本当にあなたの母でもある、あなた方は御母の子どもたち、それはみことばの中に書かれてあり 私はそれを知らない人たちのために繰り返し言う、聖書に書かれてある、

 

ヴァッスーラ:どこですか 主よ?

 

主:黙示録の中で、サタンが私の母を追うのに失敗したとき、非常に怒ってほかの彼女の子どもたちに対して戦いをいどんだと、すなわち、十戒を守り、私の証をする人たちすべてに対して。

 

ヴァッスーラ:ありがとうございます。主イエスよ、お助けくださって。

 

主:ヴァッスーラ 言ってあるが、あなたの前に私はいつもいる。