天界の秘義1532

 

予言者たちの幻はかれらの内なる視覚が開かれたこと以外の何ものでもなかったのである、たとえばヨハネが黄金の燭台を見(黙示録1・12、13)、聖い都をいとも貴重な宝石に似た光とともに純金として見たときは(黙示録21・2、10、11)、さらに予言者の書に多くの事柄が記されているが、そうしたときは内なる目が開かれたのである、このことから天使たちは最も輝いた光の中に住んでいることのみでなく、信じることもできない無数の物が存在していることも知ることができよう。

 

 

天界の秘義1619

 

 人間の霊[精神]の視覚である人間の内的な視覚が開かれると、他生の事物が現れてくるが、その事物は身体の視覚には決して見えるようにされることはできない。予言者たちの幻はそれ以外の何ものでもなかったのである。

 

 

 

霊界日記1752

 

地上で或る人物たちにより経験される幻が在り、かれらは自分らは多くの驚くべき光景を見ていると言いもし、そのことをほこってもおり、かれらはまた幻視者とも呼ばれている。こうした種類の幻は以下のようなものである、すなわち、何であろうと、何らかの物体[対象]が示されると、或る霊共はそれに幻想[妄想]により何らかの外観を生みつけるのであり、例えば、一条の雲が、または何らかの月光が夜間見られると、そのさい霊共は動物であれ、幼児であれ、または何か奇怪なものであれ、何か特殊なものを表象してみせ、その表象されたものの中にかれの心を集中させておき、かくてかれの想念を集中させておき、その想念がそうした種類のものの中に集中されていると、かれは自分は実際そうした物を見ている、と思いこんでしまうのである。このようにして非常に多くの幻が言いふらされはするが、しかしそれらは迷妄[妄想]以外の何ものでもないのである、しかしこうした物が幻想に大いにふけり、かくて心の病気の下で苦しんでいる者たちにしばしば起こるのであり、その心の病のためにそうした物を信じるようにもなるのである。

 

 

天界の秘義1784

 

1節「これらの言葉の後、エホバの言葉が幻の中にアブラムにのぞんで言った、アブラムよ、恐れてはならない、わたしはあなたの楯である、あなたの極めて大きな報いである。」『これらの言葉の後、エホバの言葉が幻の中にアブラムにのぞんだ』は子供時代における争闘の後で啓示があったことを意味し、『幻』は最も内なる啓示を意味し―それは認識のそれである―『アブラムよ、恐れてはならない、わたしはあなたの楯である』は、信頼されなくてはならないところの、諸々の悪と諸々の誤謬とに対する庇護を意味し、『あなたの大きな報い』は勝利の目的または目標を意味している。

 

 

天界の秘義1786

 

幻は内的なものになるに応じて益々それは完全なものとなっている。主にあってはその幻は凡ゆるものの中でも最も完全なものであった。それは主はそのとき霊たちの世界と諸天界におけるあらゆるものを認識され、またエホバとの直接の交流をもたれたからである。