高利貸し

 

 

1.スウェーデンボルグ

2.マリア・ワルトルタ

 

 

 

1.スウェーデンボルグ

 

 

天界の秘義9210

 

「兄弟に銀の高利を課すこと」は利得のために、真理を貸すこと、または教えることを意味し、「かれに食物の高利を課すこと」は利得のために真理の善を貸すことを意味している。なぜなら「銀」は真理を意味し(1551,2954、5658、6914、6917)、「食物」は真理の善を意味しているからである(5147,5293、5340、5342、5419、5426、5487、5576、5582、5588、5655、5915、8562)。

 

「高利のために銀を与えること」・・単に利得のためにのみ教えることを、かくて報酬のために善を行うことを意味。

 

「高利を取ること」・・利得と報酬のために善を行い、かくて仁慈から善を行わないことを意味。

(純粋な仁慈は功績に対する要求を全くもたないことについては、2371,2373、2400、4007、4174、4943、6388、6390,6392,6478番を参照されたい。)

 

 

 

2.マリア・ワルトルタ

 

マリア・ワルトルタ/イエズスに出会った人々P61

 

ペトロ:

「だけど・・・わたしたちにそれほど厳しい律法学士と博士たちとは・・・安息日に働きはしないが、それこそ貧乏人にパン一切れを与える手間を省こうとし、おまけに安息日にも高利貸しをします。体を使う仕事ではないから、高利貸しは安息日にしてもいいのですか」

 

イエズス:

「いいえ、いついかなる時もいけません、安息日でも、他の日でも。高利貸しをする人は、よこしまな残酷な人です」

 

 

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩/下P99

 

イエズスがマリア・ワルトルタに:

 

「人間としての使徒たちに欠点がどれほどであったか。

 私は自分の腕で弟子たちを天まであげようとしていたが、絶えずずり落ちようとする重たい石のようであった。ケリオットのユダのように、いつかこの世の大臣になるという野望を抱いたり、ことによっては私の代わりに王座に昇ろうと考えたりしないまでも、やはり他の使徒たちも光栄を渇望していた。私のヨハネとその兄ヤコボでさえ、天について、まばゆい蜃気楼のように人の目をくらませる光栄をあこがれていた時期もあった。私があなたたちに望むことは、天国に対する聖なるあこがれである。いつかあなたたちの聖徳が世に知られるという人間的な望みではない。そればかりか、私にほんのわずかな愛を与えたことに乗じて、何はばかることなく天におけるその右の座を要求する両替屋や高利貸しの貪欲さがあってはならない。

 子供たちよ、決してそうであってはならない。まずその前に、私が飲み干した杯を、すべて飲み干すことである。そうすることが何を意味しているかというと、憎しみの代わりに愛をもって応え、肉欲のいろいろな声に純潔をもって応え、さまざまな試練に立派に耐え抜き、神と兄弟たちとの愛のためのはん祭になることである。自分の義務をすべて果たした後に“私たちは役に立たない下僕である”として、私の父でありあなたたちの父である方の慈悲によって御国に住まいを与えられるのを待つべきである。総督館で私が身ぐるみはがれるのをあなたは目にしましたが、それと同じように、神の賜物である命に対して欠かせない尊敬は別にして、すべての人間的なものを脱ぎ捨てて、神が子羊の血によって清めた不滅の服を与えてくださるのを待つべきである」