神を信じない者は他生を信じない

 

 

天界と地獄452

 

私は或る者たちとその死後三日目に―その時前に記したようなことが起ったのであるが(449)―語り、時に世では私に知られていた三人の者と話して、その者たちに、今あなたたちを埋葬するため葬いの手筈が取られていると言った。私は、あなたたちを埋葬するために、と言ったのであるが、それを聞くと彼らは非常に驚いて、自分たちは生きており、世で自分たちに役立ったものが埋葬されているのであると言った。その後で彼らは、自分たちが身体の内で生きていた時、死後のこうした生命を信じなかったことを非常に不思議がり、特に教会内で殆ど凡ての者がそれを信じていないことを不思議がったのである。霊魂は身体の生命の後にも何らかの生命を持っていることを世で信じなかった者らは、死後も自分たちが生きていることを知ると、非常に恥じるのである。しかしその不信仰を確認した者らはその者らに似た者と交わって、信仰を持っていた者たちから分離してしまう。彼らの大半は奈落の何らかの社会に結ばれているが、それは彼らはまた神的なもの[神]を否定して、教会の諸真理を嘲笑したためである。なぜなら何人でも己が霊魂の永遠の生命を否認するに比例して、天界と教会との事柄もまた否認するからである。

 

 

 

天界の秘義1200

 

 人間は自分が死後も生きることを信じないといったものになると、彼はまた霊的なものであり、天的なものである内なるものが何か存在していることを信じないのであって、単なる欲念の中に生きている者らは、身体と世との生活を送っているため、そうしたものとなり、特に嫌忌すべき貪欲に溺れている者らはそうしたものになるのである。にも拘らず彼らは礼拝を持っていて、その会堂にまたは教会に出席し、儀式を守り、或る者は極めて厳格にそれを守っているが、しかし彼らは死後に生命があることを信じていないため、その礼拝は、核のない貝がらのように、果のならない、また葉さえもない木のように、内なるものを何ら持たない外なる礼拝以外のものでは有り得ないのである。