実業家における仁慈

 

 

 

仁慈の教義167(8)

 

実業家[実務家]における仁慈

もしかれが主を見上げ、悪を罪として避け、その業務を誠実に、公正に、忠実に行うなら、かれは仁慈となるのである。かれはかれ自身の熟慮から行動するものとして行動はするものの、それでも神の摂理を信頼しているのである。それゆえかれは不運の中にも失望はしないし、成功にも有頂天になりはしない。かれ[は明日のことを考えはするものの、それでもそれを考えはしない。かれは明日為さねばならないことを、またそれを為す方法を考えはするものの、それでも明日のことを考えはしない、なぜならかれは将来を神の摂理に帰し、かれ自身の熟慮に帰しはしないからである。かれの熟慮さえもかれは神の摂理に帰するのである。かれはその業務をかれの天職[職業]