イザヤ7・18−25

大いなる荒廃

 

その日が来れば

主は口笛を吹いて

 エジプトの川の果てから蝿を

アッシリアの地から蜂を呼ばれる。

彼らは一斉に飛んで来て

 深い谷間や岩の裂け目に宿り

どの茨にも、どの牧場にも宿る。

その日には、わたしの主は

 大河のかなたでかみそりを雇われる。

アッシリアの王がそれだ。

頭髪も足の毛もひげもそり落とされる。

その日が来れば

人は子牛一頭、羊二匹の命を救いうるのみ。

しかし、それらは乳を豊かに出すようになり

人は凝乳を食べることができる

この地に残った者は皆、凝乳と蜂蜜を食べる。

その日が来れば

ぶどうの木を千株も育てうるところ

銀一千シェケルに値するところもすべて

茨とおどろに覆われる。

茨とおどろがこの地を覆うので

人は弓矢を持ってそこへ行かねばならない。

鍬で耕されていた山々にも

人は茨とおどろを恐れて足を踏み入れず

ただ牛を放ち、羊が踏み歩くにまかせる。

 

 

 

エレミヤ4・3−4

 

まことに、主はユダの人、エルサレムの人に

向かって、こう言われる。

「あなたたちの耕作地を開拓せよ。茨の中に種を蒔くな。
ユダの人、エルサレムに住む人々よ

割礼を受けて主のものとなり

あなたたちの心の包皮を取り去れ。

さもなければ、あなたたちの悪行のゆえに

わたしの怒りは火のように発して燃え広がり

消す者はないであろう。

 

 

 

 

真の基督教612

 

 人間は生来凡ゆる種類の悪と欲念とに傾いており、可能なときは、これに惑溺する。何故なら、生来彼は他の者を支配し、その財産を所有することを貪り求めるからである。この二つの欲念は隣人への愛を破壊し、そのため彼は己れに反抗する者を見て憎悪し、これに復讐することを、たとえそれが殺人を意味するにしても切望する。同じ理由から、彼は姦淫、詐欺、或は秘かな窃盗、涜神、或は偽証を軽んずる。何人でもこれを軽んずる者はその心においては無神論者である。かくの如きが生来の人間であり、それ故、人間は生来小規模の地獄である。さて人間は動物とは異なり、その内なる心の方面では、霊的に生まれ、天界に対して生まれている。しかし彼の自然的な即ち外なる人は、今述べたように、小規模の地獄であり、天界がその場所を占める以前に、地獄が除去されねばならないことが推論される。