墓
天界の秘義2916
「あなたがたのもとでわたしに墓を得させてください」。これは、かれらが再生することができることを意味していることは『墓』の意義から明白であり、それは聖言の内意では生命または天界を意味し、その対立した意義では死または地獄を意味しているのである。それが生命または天界を意味していることは、聖言の内意の中にいる天使たちは死を何ら考えないため、墓を何ら考えはしないのであり、それでかれらは墓の代わりに生命の継続以外には、引いては復活以外には何ごとをも認めないためである、なぜなら人間はその霊の方面では甦り、その身体の方面では葬られるからである(1854番を参照)。『埋葬』は復活を意味しているため、それはまた再生を意味している、なぜなら再生は、人間はその時前の人の方面では死んでしまうが、その新しい人の方面では甦るため、人間の最初の復活であるからである。再生により人間は死んだものから生きたものになるのであり、そこから『墓』の内意における意義が生まれている。天使たちには墓の考えが示されると、再生の考えが起こってくることは、小さな子供たちについて前に言われたところからまた明らかである(2299番)。
天界の秘義2916[2]
その対立した意義では『墓』は死または地獄を意味していることは、悪い者は生命へ甦らないためである、それ故悪い者がとり扱われて、墓が言われていると、天使たちには地獄以外のことは何ら考えられはしないのであり、これが聖言で地獄がまた『墓』とも呼ばれている理由である。
天界の秘義3812[10]
『骨』は誤謬を意味し、『墓』は誤謬をその中に宿している悪を意味しているため、また偽善は外面では善として現れているが、しかし内面では誤った冒涜的なもので汚れているため、主はマタイ伝に言われている―
偽善者よ、禍いなるかな、学者、パリサイ人よ、あなたらはあなたら自身を白く塗った墓のようなものにしている、それは外では実際美しく見えるが、内では死人の骨と凡ゆる不潔なものとに満ちている、まことにそのようにあなたらもまた外では人に義しいものに見えはするが、しかし内は偽善と不法とに満ちている(マタイ23・27、28)。
これらの記事から『骨』により理解の自分自身のものが、真理の方面でも、誤謬の方面でも意味されていることが今や明白である。