軍・軍勢

 

 

天界の秘義3448

『軍』は教義的な事柄それ自身を意味しているからである。『軍』は真理にぞくしている教義的な事柄を、また低い真理であるところの教義的な事柄を意味していることは、聖言は『戦争』により、また『戦』により霊的な戦争と戦とにぞくしている事柄が意味されているためであり(1664、1788、2686)、同じくまた他の所に示されたように、それが『槍』『楯』『弓』『矢』『剣』といった『武器』によってもそのことが意味されているためである。そして霊的な争闘が行われる手段となるものは真理または教義的な事柄であるため『軍』によりこれらのものが意味されており、またその対立した意義では誤った、または異端的な事柄が意味されている。                                                                                                                                                                                                      

 

 

天界の秘義3448[2]

 

 その両方のものが聖言の中で『軍』により意味されていることは、多くの記事から認めることができよう、例えばダニエル書には―

 

 その雄山羊の一つの角は南に向って、日の出る方に向って、美に向って、甚だしくのびた。それは天の軍勢[軍]にいたるまでさえものび、軍の或るものと星のあるものとを地に打ち落として、それらをふみにじった。しかし、それは自らを過大視して、軍の君にまでも達した。かれの軍勢は不断の生けにえとともに咎にわたされた、それは真理を土地に投げすてた。わたしは聖い者が語るのを聞いた、他の一人の聖い者は言った、この幻は、不断の生けにえは、また荒廃させて聖所も軍もふみつけられるようにするその咎[不法]はいつまで続きましょうか(ダニエル8・9−13)。

 

『南に向って、日の出る方に向って、美に向ってのびた角』は、悪から発した誤謬の力であり(2832番)『天の軍勢』は真理であり、『軍の君』は神的真理の方面の主であり、善い意味では『軍勢』は真理であるため、角は『軍勢の或るものを地に投げすてた』と言われ、後には『真理を地に投げすてた』とも言われている。

 

 

天界の秘義3448[5]

 

 ダビデの書には―

 

 エホバの言葉により諸天は作られ、その軍勢はことごとくかれの口の息により作られた(詩篇33・6)。

 

『その軍勢』または諸天の軍勢は真理を意味している。真理が『軍勢』により意味されているため、王国の息子たちと天使たちとは、その中にかれらがいるところの真理から『天の軍勢』と呼ばれている。例えばルカ伝には―

 

 不意にその天使に夥しい天の軍勢が共になって神を讃美した(ルカ2・13)。

 

 

天界の秘義3448[10]

 

ルカ伝には―

 

 あなたらはエルサレムが軍勢に取り囲まれているのを見るときは、その荒れすさぶことが切迫していることを知りなさい(ルカ21・20)。

 

 ここには信仰がもはやいかようなものも存在しなくなる代の終りが、または教会の最後の時がとり扱われているのである。『エルサレム』により教会が意味されていることについては前を参照されたい(2117番)、教会が誤謬に包囲される時、エルサレムは『軍勢に包囲される』のである。

 

 

天界の秘義3448[11]

 

ここからユダヤ人と偶像教徒の崇拝した『天の軍勢』により、内意では誤謬が意味されたことが明白であって、そのことについては列王記の下巻に―

 

彼らはその神エホバの戒めをことごとく捨て去り、己がために鋳像を、二つの子牛をすら作り、もり[木立ち]を作り、天の凡ての軍勢に身をかがめた(列王記下17・16)。

 

 これはイスラエルについて言われており、他の所ではマナセについては以下のように言われている―

 

 かれは天の凡ゆる軍勢のために祭壇を作った(列王記下21・5)。

 

(中略)

 

ゼパニア書には―

 

 わたしはその屋根の上で天の軍勢を拝する者に向って手をのばそう(ゼパニア1・4、5)。

 

 なぜなら『天の軍勢』と呼ばれているものは主として『星』であり、『星』により真理が意味されており、その対立した意義では誤謬が意味去れていることは前に見ることができよう(1128、1808番)。

 

 

 

天界の秘義6657

 

なぜなら軍隊は、それに多くの者が加わるときは強化されるからである