選ばれた者
天界の秘義3900[4]
「もしそれが可能であるなら選ばれた者をさえも迷わすであろう」(マタイ24・24)。
これは善と真理との生命の中におり、従って主とともにいる者たちを意味している。これらの者が聖言に『選ばれた者』と呼ばれている者たちである。こうした者たちは冒涜的な礼拝を聖いもので包み隠している者らと交わっている中はめったに見られはしないのであり、または見られるにしても、知られはしないのである。なぜなら主は彼らを隠され、かくて守られるからである。なぜなら彼らは確認してしまわない中は自分自身が外なる神聖なものにより容易に導き去られることに甘んじはするが、しかし確認してしまった後は固く止まって、知らないままに、主により天使たちの交わりの中におかれ、そのときは彼らは邪悪な一味により迷わされることは出来なくなるからである。
天界の秘義4060〔9〕
「彼らはその選ばれた者を天のこの端からかの端までも四方から集めるであろう」
は、新しい教会の設立を意味している。『選ばれた者』は、愛の、また信仰の善の中にいる者たちであり(3755−3900番)、彼らがそこから共に集められてくる『四方』は善と真理との凡ゆる状態であり(3708番)、『天のこの端から天のかの端まで』は教会の内なるものと外なるものとを意味している。それでこうしたものが主のこれらの言葉により意味されている事柄である。