栄光

 

 

 

天界の秘義8427〔4〕

 

『エホバの栄光』は主の現存を意味していることはモーセの書に更に明らかである―

 

 モーセはエホバに言った、願わくは私にあなたの栄光を示して下さい。これにかれは言われた、わたしはわたしの善をすべてあなたの前に過ぎらせよう、わたしの栄光が過ぎる時、わたしはあなたを岩の裂け目に入れ、わたしが過ぎ去ってしまうまでは手であなたを覆う、しかしわたしが手を取り去ると、あなたはわたしの背後を見るでしょう、が、わたしの顔は見ることは出来ない(出エジプト記33・18から終わりまで)。

 

ここでもまた『エホバの栄光』は明らかにその現存を意味している。マタイ伝には―

 

 弟子たちはイエスに言った、あなたの来られるしるしは何でしょう。イエスは言われた、その時人の子のしるしが現れ、人の子が力と栄光とをもって天の雲の中に来るのを見るでしょう(マタイ24・3、30)。

 

前の教会の最後の時と新しい教会の最初の時とがここに取り扱われており、『人の子』は主から発出している真理の神的なものを意味し、かくてその時現れる神的真理〔神の真理〕を意味し、『主の来られること』は新しい教会に属している者たちが真理の神的なものを承認することを、また古い教会に属した者たちがそれを否定することを意味している(4060番を参照)。