侮辱

 

 

 

トマス・ア・ケンピス/キリストに倣いて/3・36・3

 

「あなたはどういう者なので、死すべき人間を恐れるのか?」(イザヤ書51・12)かれはきょうは生きているが、あすは見えなくなってしまうのである。

神を畏れよ、そうすれば人の威嚇(おどし)など恐れるにはおよばないだろう。

だれか侮辱の言葉をはいたところで、それであなたに対し何をすることができようか? あなたを害するよりも、むしろ自分を害するだけである、かれは何びとであっても、神の審判は逃れられないのである。

神を目の前において、不平を言わず、言い争いをするな。

たといいまは人に負けて、不当の恥辱をこうむっているように思われても、それで腹を立てたり、短気を起してあなたの栄冠(かんむり)を減らしたりしてはならぬ。

むしろ天上のわたしに目を注げ、わたしはあなたをすべての恥辱不義から救い、「おのおのその業に応じて報いる」(ロマ書2・6)力を持っているからである。