ヘト人

 

天界の秘義2913

 

「ヘテの息子たち[子孫]に語って、言った」。これは、そのもとに新しい霊的な教会が存在することになっていた者たちを意味していることは、『ヘテ』の、また『ヘテ人』の意義から明白である。カナンの地には多くの者が住んでいて、聖言の色々な所に列挙されているが、その中にはヘテ人がいたのである(創世記15・20、出エジプト記3・8、17、13・5、23・23、申命記7・1、20・17、ヨシュア3・10、11・1、3、12・8、24・11、列王記前9・20、その他参照)。その中の大半の者は古代教会から来ていたのである(この古代教会は多くの地に拡がり、同じくカナンの地にも拡がっていたことは、前の1238、2385番に見ることができよう)。その教会に属した者はことごとく仁慈を第一義的なものとして承認したのであり、その教義的なものはことごとく仁慈または生命に属していた。信仰の教義的なものを入念に作り上げた者たちは『カナン人』と呼ばれ、カナンの地の他の住民から分離されていたのである(民数記13・29、1062、1063、1076番を参照)。

 

 

天界の秘義2913[]

 

カナンの地の善良な住民の間にヘテ人がいたことは以下の事実から明白である、すなわち、アブラハムはかれらの間に住み、後にはイサクとヤコブとが住み、そこにかれらの埋葬場所を得たのである。またそのことは本章に(とくに5、6、10、11、14、15節に)かれらについて述べられていることから極めて明きらかなように、かれらがアブラハムに向って敬虔にまた丁重に振舞っていることからも明白である。かくて霊的教会がまたは教会の真理は、気質の善良な国民により表象され、意味されるように、ヘテ人により表象され、意味されているのである。しかしこれらの者のもとでも、古代教会の他の者のもとにおけるように、時の経過とともに人々は仁慈または信仰の善から衰退するようになり、従って教会の誤謬がその後かれらにより意味されているのである(例えばエゼキエル16・3,45、その他)。しかしそれでもヘテ人は他の者よりも尊ばれた者たちの間にいたことは、ダビデとともにヘテ人がいたという事実から明白である、例えばアビメレクがいたのであり(サムエル記前26・6)、ウリアがいたのであり、ウリアはヘテ人であり(サムエル記後11・3、6、17、21)、その妻はバテシバであり、彼女からソロモンがダビデに生まれたのである(サムエル記後7・24)。(『ヘテ』は、霊的教会の外なる諸真理であるところの、生命[生活]にかかわる外なる知識を意味していることは、前に見ることができよう、1203番)。

 

 

天界の秘義4447[3]

 

そしてこの残りのものがヒテ人の間に存在したため、アブラハムとイサクとヤコブは、その妻たちとともに、ヒテ人のもとでその地の中に埋葬の地を得(創世記23・1−20、49・29−32、50・13)、ヨセフはヒビ人のもとにそれを得たのである(ヨシュア記24・32)。シケムの父ハモルはこの教会の残りのものを表象したのであり、それでかれにより古代人の間の教会の善が意味され、従って神的な根幹から発した内的な真理の起原が意味されているのである(4399番)。