2月14日、晴天。


  柔らかな日の光が窓から差しこみ、その日はこの時期にしては珍しく暖かい日だった。

  パタン

 静かに閉めたつもりのドアが、想像以上に大きな音を立てて、少女はびくりと肩をすくませた。
 あまりに大きな音だったから、いつもならばまだ眠っているはずの『彼』が起きてしまったん
  じゃないかと心配になり、部屋の奥に備え付けているベットを覗きこみ…ほっと息をついた。
 普段の『彼』からは想像もつかない思わず誰でも笑みをこぼしてしまいそうな、そんな子供
 のような寝顔で、刀を抱える様に、大きな体を丸める様にして…いわゆる胎児のポーズで安
 らかな寝息を立てている。
 少女はくすりと笑うと、驚いた拍子に落としてしまった『それ』を慌てて拾い上げ、隠す様に
 『それ』をしまい、『彼』の眠るベットの横に座り込んだ。

  純白の翼を持つ天使が人間の少女になりこの地上で暮らすようになって最初の記念日。
  地上での生活…それも夜行性な『彼』の生活に合わせるのは、
  天使として日の光の元生活してきた彼女にとって確かに初めこそ苦労したが、
  それでも『彼』に喜んでもらえる…そう思うだけで幸せに変えられる。

  そしてさらに今日は…。

  少女はくすりと笑った。
  思えば『天使としてのお仕事』以外で、『彼』に個人的な贈り物をするのはこれが初めてか
  もしれない。
  「喜んでもらえるか?」「どんな顔するんだろう?」
  そうおもうと心のそこからわくわくする。

  じ…っと『彼』の寝顔を観察し、「よっぽど疲れているんですね…」と少女は笑うと、
  そっと彼の頬に掛かる髪に手を伸ばした。

  「……何をしているんだ…」
  「へ…」
  不意に伸ばしたその手を、まだ眠っているはずの『彼』に掴まれ、少女は思わず間の抜けた
  声を出す。
  『彼』は少女の手を掴んだままゆっくりと体を起こし…結果、体重の軽い少女は、
  掴まれたままの腕に引っ張り上げられる様にして『彼』の腕の中に収まった。
  同時に『彼』は少女の腕から手を離し、今度は体ごと抱きしめて完全に彼女を腕の中に閉じ
  込める。
  「く…クライヴっ!」
  突然の事に驚いた少女が、彼の腕から逃れようと身をよじると「嫌なのか?」と、少女の耳元  
  で『彼』…クライヴ。
  囁かれた彼の低い…しかしどこか寂しそうな声に、少女はぴくりと体を震わせて、
  「…い…嫌なわけ…ないじゃないですか…」
  と、唯一自由になる顔だけ彼に向けて答える。
  クライヴは納得したのかしなかったのか、
  「急に居なくなったり、こうして離れようとするから……そう思った。」
  などと言い出す。少女は驚いた様に言った。
  「あ…ってことはつまり…起きていらっしゃったのですか…?」
  「以前ならともかく…お前が居なくなっても落ち着いて眠っていられるほど俺は強くない。」
  いやそれ以前に、刀を抱えて眠るほど警戒心の強い男が気がつかないはずがない。
  「…どこへ行っていた?」
  彼がそう尋ねると少女は何故か照れた様にうつむいた。
  「言えないことか?」
  尋ねるクライヴの顔が雲って見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。
  「いえ…でも…その…」
  それを見て、さらに少女は口篭もり、クライヴ本人も自覚しない眉間に皺が寄っていく。
  「すみません…」
  そんな彼に少女は思わず謝っていた。そして頬を朱に染めて続ける。
  「お祝いの…練習と…今日の準備をしていたんです…」
  「………?」
  そんな彼女にクライヴは首を捻った。そして、「何かあったか?」尋ねる。
  少女は「もうっ!」と少し怒ったように頬を膨らまし、
  「今日はバレンタイン、明後日は貴方の誕生日じゃないですかっ!」
  と、彼のシャツを掴んで言った。
  「バレンタイン…」
  その名前くらいなら聞いた事がある。
  遠い異国の習慣で、恋人に思いを伝えプレゼントを交換する。
  地域によっては、女がチョコレートをプレゼントし、好きな人に告白したり、感謝の気持ち
  を配ったり…そんな事をしたりする日だったはずだ。
  「…それで…明後日のお料理の練習をして……プレゼントを…これを作って……」
  俯き加減に語り、ポケットにしまってあった小さな小包を差し出す少女に、クライヴはふっ
  と笑みをこぼした。
  「…ありがとう」言って受け取ると、「好きですっ!」と少女は突然叫び、
  「今日は…女の子が告白をする日…で良いんですよね?」と続ける。
  「………!」
  瞬間クライヴは驚いたように目を見開き、そして「くくく…」と彼らしくなく声を上げて笑い
  出した。
  「ど、どうしたんですか?」と、焦った様に少女。彼は答える代わりに彼女の髪に唇を寄せた。
  柔らかな髪の何処か甘いような匂い。
  くすぐったい様に身を捩り、彼を見上げた少女にクライヴはそっと唇を重ねた。
  「…愛している」
  唇が離れた瞬間、クライヴは彼女に言った。
  「えっ…」っと小さな声を上げる。
  「…返事と…礼だ…」
  そう言って「俺は……交換するプレゼントを用意してなかったからな…」と続ける。
  バレンタインなんてモノは今まで自分とは無縁のものだと思っていた。
  知識として知ってはいても、いつだとか…そんな事は気にした事などなかったし、第一、
  「バレンタインにプレゼントを貰うなんて思っても見なかった。」
  思わず声にして呟く。
  「…君から……そんな言葉を貰えるとは…思わなかった…」
  言いながら彼女の柔らかい髪を撫でると、擽ったそうに彼女は目を細め「そうですか?」と尋
  ねる。
  「…嬉しかった…」
  照れくさそうにクライヴはいった。
  「そう言ってもらえると嬉しいです。明後日はもっと頑張りますね。」
  そんな彼ににっこり笑って少女。
  「……期待している…」とクライヴは微かに微笑んで返し…
  「えっ…」
  少女が気が付いたときには再び唇が重なっていた。
  そしてそのまま折り重なる様に二人はベットに横になる。
  「あ、あの…クライヴ。」
  「……まだ日も高い……もう一眠りするぞ…」
  何処となく焦ったような少女にクライヴ。
  「お前がいないと眠れない。」
  間を置かず、彼の安らかな寝息が彼の耳に届いた。
  どうやら、眠れなかったというのは確かに本当だったらしい。
  少女はくすりと笑って「はい」と答えると、クライヴの胸に顔を埋めた。

  2月14日、晴天。
  しかし、昼を寝て過ごす二人にとって、次に目が覚めたとき、月の光に照らされて、そこか
  らが本当の記念日になる。

 -END-




 (NO.50 宮坂渕弥様からのコメント)


 はじめまして宮坂渕弥です。
 お恥ずかしいながら記念日小説書いてみたんですけど……
 クライヴ偽者になっちゃいました。
 ラブラブものってやっぱり苦手だな…と実感しました。
 お見苦しいものを失礼しました。
                                        


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