PRAY
 
 「天使さまぁ〜? アルカヤでは、今日は2月14日ですぅ〜」
 ふわふわと宙に浮きながら、相変わらず妙な着ぐるみに小さな身体を包んだフロリンダ
が告げた。
 にこにこと機嫌良く微笑む妖精に、白い翼を背にいただく少女は軽く首を傾げる。
 「・・・? 特別な日なの??」
 「アルカヤで、と言う訳ではないのですが・・・この日に日頃の感謝と親愛の情を込め
て贈り物をする、という習慣を持つ世界もあるらしいのです」
 生真面目なローザの言葉を受け、着ぐるみ妖精がやっぱり着ぐるみに包まれた手をばた
ばたさせる。
 「みんなでぇ、勇者様たちに贈り物をしようか、っていうお話が出てるんですぅ〜」
 どんな贈り物になるんだろう、と疑問に思った幼い天使は、素直に質問をぶつけた。
 「何を贈るの?」
 『う』
 その場にいた妖精全員が言葉に詰まって凍りつく。
 どうやら、普段滅多なことでは全員揃うことのない彼らが一堂に会していたのは、そう
いうことであるらしい。
 贈り物をすることにしたのはいいが、結局何を贈るのか決まらずに当日になってしまっ
た、と言う訳だ。・・・というより、勇者の補佐を放り出していいのだろうか・・・とは、
真面目なリーザの心の声だ。
 「みんなに同じものを?」
 「・・・と考えたんですが、なかなか・・・」
 いい案が浮かばなくて、とシータスが肩を竦める。と、唐突にその背後で論争が巻き起
こった。
 だからお菓子が無難だ、って言ったんだ、とリンクス。お花がいいと思う・・・とはア
クイラ。いやこれだ、それは駄目だ、とやかましいことこのうえない。さすが地上界守護
天使の補佐に選ばれるだけはある。
 呆気に取られて呆然としている天使の少女―――シャリオンに、論争の輪から外れて騒
ぎを呆れたように眺めていたローザの問いが投げられた。
 「天使様は、何が宜しいと思いますか?」
 「え? 私?」
 天使様の言葉に、妖精たちががなるのをやめた。
 小さな彼らの視線が集まるのを感じて、シャリオンは困惑するように眼を伏せる。
 「ん〜・・・。心がこもっているのなら、基本的になんでも良いと思うけど・・・でも、
喜んで欲しいなら贈る相手の好みに合わせてみるのもいいんじゃないのかな?」
 みんな、喜んで貰いたいでしょ?と言って、にこりと笑む。
 贈り物は、相手の笑顔が見たいからするもの。喜んで貰いたいから、ありったけの想い
を込めて。
 愛すべき天使の娘の言葉は、妖精たちにとってどんな助言にも勝るものだったようで、
舌戦はぴたりと止んだ。あれやこれやと話し合う彼らを微笑ましげに見やって、シャリオ
ンも考え込む。
 (私も何か、みんなに贈り物しようかなぁ)
 昨年末にケーキ(一部ケーキ以外のものも含め)を勇者たちに贈ってはいるが、訪問や
呼び出しなどの度  に彼女も勇者たちから様々な贈り物を受け取っているのだ。日付に
気をつけて、勇者たちそれぞれの誕生日にも贈ったりしているのだし、更にもちらが何か
贈るとなれば、彼らとて受け取ってばかりはいないだろうが。
 「う〜」
 困り顔で唸っている少女に気づいて、ローザ、リリィ、フロリンダ、シェリーら古参の
妖精は心得顔でお互いを見やり、頷く。
 「天使様、他の勇者様たちは私たちから贈り物をしておきますから、天使様は1番贈り
物をしたい勇者様にだけ何か差し上げて下さい」
 リリィがやんわりと、しかしはっきりとした口調で告げる。
 「え? でも、それだと不公平にならない?」
 「全然なりませんよぅ!」
 「そうですよっ、丁度よくていいじゃないですか。私たちは勇者様たちに何か差し上げ
たことがないし」
 ずい、と身を乗り出して力説するフロリンダとシェリーに押し切られて、結局、シャリ
オンは7人の親愛なる勇者のうち、1人に贈り物をすることになった。
しかし。
 (1人・・・。誰にあげよう・・・)
 7人のうち誰か1人に決めなければならない、ということで、再び考え込む。
 (セシアには恐縮されそうだし・・・ロクスには説明が大変そうだし・・・フェインは・・・
アイリーンに悪いし・・・えーと・・・)
 選ぶ、というのは大変だ、と気づいた時には、もう決定を覆すには遅くて。
 (ふぇ〜・・・・・・)
 半分ほど泣きたい気分で、ひたすら考える。
 (あんまりいい加減な理由で選ぶのも失礼だし・・・・・・うぅ、どうしよう〜)
 本当は、あげたい相手が居ない訳ではないのだけれど。
 そのひとは、この日の2日後に誕生日を控えていて。だから、余計に悩んでしまう。
でも、やはり。
 (・・・・・・・・・・・・・・・うん。やっぱり、そうしよう)
 1人でこっくり頷くと、少女は決めた、と小さく呟いた。
 あとは、何を贈るか。
 「天使さまぁ〜、どなたに贈り物をするんですかぁ〜?」
 間延びした声に問われる。
 「・・・クライヴに」
 「クライヴ様ですねぇ? 了解ですぅ〜」
 ほわりと紅潮した頬の白い翼の娘にとびっきりの笑顔を返して、フロリンダは仲間たち
に報告しにふよふよ飛んでいった。
 見送った小さな背中ごしにうきうきわくわくした雰囲気を感じとって、シャリオンは苦
笑する。
 「さぁ、何を贈ろうかな?」
 心なしか楽しげな声が、空に溶けて消えた。
 2月14日、地上界アルカヤ。
 妖精たちから様々な(けったいな物含め)贈り物を受け取った勇者たちは、知らなかった。
 たった1人・・・妖精たちからでなく、彼らが愛する天使の少女からの贈り物を受け取
った、幸運な勇者が居たことを。
 その、幸運な勇者のもとを天使の少女が訪れたのは、陽が落ちかけて、街も人も、全て
が黄昏色に包まれる頃だった。
 例によって例の如く、ココン、と宿の一室の窓を叩く。それとほぼ同時に、天からの訪
問者に窓は開かれて。
 「・・・どうした?」
 暖かな金の光を背負ってやってきたシャリオンに、眩しいのか夕闇色の双眸を細める
クライヴ。
 急な仕事か何かか、と訪ねる視線に、少女はちょっと困ったように笑った。
 「別に、お仕事のお願いに来たわけではないので・・・気を張らないで下さい。・・・お
邪魔でしたか?」
 「・・・いや。もう起きていたし・・・気にするようなことはない。・・・それで?」
 いつもなら、シャリオンはもう少し遅い時間にやってくる。クライヴの生活時間が特別
だからだ。
 急な用件では無いと言う。
 しかし、目の前の少女は何だかいつもより落ち着きが無い。気もそぞろな感じだ。普段
と幾分違う少女の様子に、自然クラ イヴも影響される。そのつもりが無くても、天使の
少女は関わるもの全てに波紋を与えずには居られない。
 至純なる聖。
 半分とはいえ、本来闇に属する彼にとっては、眼にすることさえ稀な存在。
 「クライヴ、明後日はお誕生日ですよね」
 見つめてくる金色の眼は、何故か酷く楽しげで。
 「・・・そういえば・・・そうだったか」
 「去年もお忘れでしたよ? 自分の生まれた日くらい、ちゃんと覚えていないと。自分
が可哀相です」
 私も哀しいですよ?と付け足すと、にこり、と浮き上がるような、噛み締めるような・・・
深い微笑みをその白い面に刻んで。
 「前祝、ということで、プレゼントですっ」
 自分の胸くらいの高さに持ち上げた両手に、ぼんやりとした光を集める。口の中で何か、
シャリオンが呪文のようなものを  呟くと、光が弾けた。
 一瞬の強烈な光芒に眼を射られ、思わず眉を寄せて顔を背ける。
 闇と光。それぞれに属するものの違いを見せられたような気分になるが―――。
 「受け取って頂けますか? 親愛なる、我が勇者殿?」
 らしくない芝居がかったせりふと、向けられる笑み。
 それだけで、もう何も言えなくなる。
 結局、それだけこの少女に魅せられているのだろう。自分だけでなく、他の勇者たちも。
 「・・・ああ。断るような理由も無い」
 精一杯の格好つけ。本当は嬉しい癖に、素直に言葉には出来ないのがもどかしいけれど。
いつか、言える筈だから。
 差し出された手には、シンプルに飾られた箱。いつぞや贈られた物よりも、一回りほど
小さいらしい。
 「良かった〜。要らないって言われたらどうしようかと思って・・・」
 「・・・中身は?」
 聖夜に贈られた物は、真珠の粒に良く似た、薄い糖衣のリキュール・ボンボン。ほんわ
り甘くて淡いブルーの可愛らしいお 菓子は、細やかな心配りを思わせて、くすぐったい
ような気分にさせられたものだけれども。
 「開けるまで秘密・・・と言いたいところなんだけど、食べて貰えるか心配だから、先
に言っちゃうね。チョコレートなのです」
 「・・・・・・甘いのか?」
 ぽん、と放られた問い。
 意地が悪いとは思いつつも、つい言ってしまう。
 「そんなに甘くない・・・と思う。お砂糖あんまり使ってないし、ちゃんと味見したし」
 案の定の困惑顔。
 味覚の違いはしっかり自覚しているらしいあたりは、彼女らしいのだけれども。
 やっぱり駄目かなぁ、などとやきもきしている隣で、さっさと包みを開けてしまう。で
ないと開封を止められるような気がしたのだ。
 「クライヴ、やっぱり・・・って、ああぁ、もう開けてる〜!?」
 がさがさ、と紙の擦れる音にシャリオンが我に返ってみれば、もう既に開けられてしま
っていて。
 「心配なのか?」
 「う。だって味の好みが違うもん」
 この間のは大丈夫だったみたいだけど。と付け足して、むくれる。子供っぽいその表情
を見て、滅多に表に出さない感情が ふと、表層に現れる。クスリ・・・、と本当に、ほ
んの少しだけ微笑って。
 「なら食べてみればいい」
 薄い板状のチョコレートをぱきり、と割る。
 そうして。
 「・・・・・・美味い」
 止める間もあらばこそ、夕映え色を纏う勇者はそれを口に運んで。
 呟いた。
 「・・・ほ、ほんとに!? 無理してない? 本当に大丈夫!??」
 青い服の袖を掴んで引っ張る少女に、もう一度、ふわりと笑む。
 「・・・有難う」
 「・・・・・・っ・・・」
 ついぞ見せない甘い表情に、思わず見惚れて絶句して。
 光に属する筈のその身さえも、幻惑される。例え本人がそれを意図していなくても。
 相対する存在。鍵と錠。
 ただ、今は。
 幸せだと、思うから。
  HAPPY VALENTINE‘S DAY!!

  その後。
 「リキュール・ボンボンは? あれは大丈夫だった!??」
 「・・・美味かった」
 「ほんとに? 本当に??」
 「・・・ああ」
  
― END ―




(NO.68 神楽坂 マナ 様からのコメント)

 ・・・・・・すいません、長い上に意味不明です。途中から甘さ加減にやら
 れて脳味噌沸騰してきました(笑)。
 さー、次は誕生日だ。短くなるかなぁ・・・(遠い目)。
                          


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