|
大切な、あなたが生まれたこの日に、 |
心からの祝福を ―――
。 |
辺境の片隅にあるその街には、夕方から強い風が吹き続けていた。 |
けれど、外気がどれほど冷たくても、今腕の中にいる存在(ひと)が心までも暖めてくれる。 |
想いを確かめ合った後も寄り添って、触れる温もりを、何よりも近くに感じて。 |
ふと、アリアが目を開ける。僅かに締め切られていない、カーテンの隙間。その向こうの夜 |
の闇を見遣って、彼女はまたクライヴへと視線を戻した。 |
「…もう日付、変わりましたよね?」 |
「ああ、そうだな」 |
それがどうかしたのか? 問い掛ける前に、頬にやわらかな温もりを感じた。 |
滅多にないアリアからのキスに、クライヴは少し驚いたように彼女を見つめ返した。 |
「誕生日おめでとうございます、クライヴ」 |
「―――」 |
「……やっぱり、忘れてたんですか?」 |
彼女の言う通りだった。咄嗟に答えが返せない。 |
まっすぐな眼差しが、彼にだけ注がれる。紫石英の色を持つ双眸に、晴れた青い空のような |
瞳が映る。 |
呆気に取られたままのクライヴに、くすくすとアリアは笑った。 |
「2月の16日。今日は、あなたが生まれた日です。 |
今年も一番に、おめでとうって言いたかったんです」 |
「………」 |
そういえば去年も一昨年も、彼女はちょうど日付が変わる頃にやって来ていた。とびきりの |
笑顔と祝いの言葉を持って。 |
素直に受け取れずに、冷たくあしらったこともある。1年前には、自分の気持ちにさえ気付 |
いていなかった。 |
彼女とこんな風に過ごす夜が来るなんて、考えたこともなかった。 |
出逢ってから3度目の、誕生日の夜。 |
今、彼女の背に、純白の翼は既に失く ―――
。 |
「ありがとう…」 |
その言葉の意味を、自らも噛み締めながら。 |
クライヴは嬉しそうに微笑う恋人に、ゆっくりと口付けた。 |
何処までもやさしく、深く。 |
抱きしめて。不意に夢でないことを確かめたくなって、愛おしむように、彼女の両翼があっ |
た場所に触れる。 |
重なる唇と指先から伝わるそんな想いを受け止めて、元天使の少女は華奢な腕で、クライヴ |
の背中をそ…っと包み込んだ。 |
fin. |
|
|
|