誕生日
その言葉に何を連想するだろう?
「プレゼント」「年の数だけケーキにさしたロウソク」「なんだかわくわくする日」
…といった感じに、いろいろと連想するだろうが、大体の人が楽しみにするものだろう。
余程の理由でもない限り…
「…」
ここに一人、誕生日だというのに憂鬱そうな顔をする者がいた。
彼の名前はクライヴ。
堕天使の脅威にさらされたアルカヤを救った勇者である。
かつては吸血鬼の王であったレイブンルフトの呪われた血に苦しんではいたが、今はその苦しみから解放され、アルカヤの
守護天使であったルネアと共に暮らすようになった。
憧れた者との憧れた生活。
一見幸せそうな彼が、何故、誕生日というめでたい日にこんな憂鬱そうな顔をするのか。
それには事情があった。
クライヴの誕生日は2月16日
つまり、バレンタインデーの翌々日。
バレンタインデー
それがルネアだけからならばよかったのだが、クライヴは彼を慕う者達から大量のチョコレートを貰った。
貰ったからには当然、食べなければならない。
故に一昨日からずっとチョコレートだらけの生活。
元々の性格や生活からあまり「甘い物」を食べた事がなかったクライヴである。
それが一気に甘い物の王様であるチョコレートを食べたらどうなるか?
答えは簡単。
口の中がひたすらに甘くて、チョコレートを想像するだけで胃がムカムカしてくる…
甘いというのに、今日は誕生日なのである。
いつから始まったのか「誕生日にはケーキを焼いて祝う」という習慣がある。
別に無視してもいいのにとクライヴは思うのだが、ルネアは「ケーキを焼くから楽しみにしてて」と14日の段階で宣言していた。
何か絶対にある…
クライヴは確信していた。
いや、クライヴとて彼女の作るケーキが嫌いという訳ではないのだ。
定番のショートケーキからフルーツをたっぷり使ったタルト。リンゴのパイや、朝食にも行けそうなドライフルーツの入ったパン ケーキ…。
本人の評価はとにかく、クライヴにはどのケーキも美味しいかったし好きだった。
ただ…
ただ、こういう時の彼女は怖いのだ。
元々が天使であったからという事なのか、元からなのかは分からないが、彼女はとにかく「好奇心旺盛」である。
好奇心旺盛
一見、何の問題もないようだが、彼女の場合は時としてとんでもない方向に流れる事がある。
『誕生日なのだから部屋の飾り付けをしましょう♪』
それならばまだいい。
『誕生日なのだからプレゼントをしましょう。そうだっ!びっくり箱なんて作って驚かせちゃいましょう♪』
それでもまだいい。
問題は宣言したケーキに向く事である。
宣言したからにはおそらく好奇心はケーキに向いている可能性が高い…というか、99%向いているのだろう。
「誕生日はこれが定番でしょうv」と言って、ショートケーキなんぞ作っているのならばまだかわいい方だ。
「誕生日なのだからおまけしちゃいましょう♪」とかいって、いつもの倍のクリームをつかっていたりして、コテコテのケーキを
作っていたとしてもこれは彼女にしては常識。
「誕生日なんだからはりきっちゃいましょう!!」とかいって、メイプルシロップをたっぷりしみ込ませたスポンジケーキに、チョコ レートクリームやらをた〜っぷりと乗せ、バニラ味にチョコレート味、イチゴ味の色とりどりのアイスクリームにウエハース。プリン
にクッキーにチョコレートに生チョコ。とどめに蜂蜜にコンデンスミルクにホワイトチョコレートソースという、パフェもビックリな究極
の超ゲロ甘特大ケーキを作っているとか。
『…ウゲッ!』
脳裏を過ぎった不吉な妄想に暗い気持ちになりつつ、彼女の待つ家へと帰った。
「お帰りなさい!!」
「ああ…」
「クライヴ、ケーキ、ちゃんと作りましたよ〜!」
「ああ…そうか」
「可愛いのができたんですって!見て下さいよ!」
「ああ…そうだな」
クライヴの予想通り、待ってましたと言わんばかりにクライヴに飛びついてきたルネア。
嬉しい歓迎なのだが、クライヴにとってそれは「御菓子の悪夢」の始まり。心境は「処刑台に連行される罪人」である。
しかし、どういう訳かケーキを焼いたときにするあの特有の甘い匂いがしない。
部屋にあるのは夕飯のスープやパンの匂いだけであって…。
「…?」
テーブルの上に乗せられていたのは、クライヴの想像していたようなケーキとは大分違った物だった。
「ねっ!?これならば大丈夫でしょ?」
「…ああ…」
ブルーベリーのソースがかかったレアチーズケーキ。
「シフォンケーキとかも考えたんですが、やっぱりあっさりしてるのがいいかな〜って。私も口が甘いからこういうにしちゃいまし
た。小さくしましたし、甘さもいつもに比べたら抑えたつもりだから、多分、大丈夫じゃないかな〜なんて思ったんだけれど…」
「そうか…」
確かにレアチーズケーキも立派なケーキ。
さっぱりしたそのケーキは、小さい目のサイズといい、少し甘い物が欲しくなる食後に丁度良いだろう。
「でしょ!?クライヴもやっぱり口の中、甘いですよね」
「ああ、甘い」
「ふふっ、よかった!さっ、これは夕飯の後に取っておきましょ!クライヴ、あと、これ、プレゼントです。お誕生日おめでとう!」
そう言って渡されたのは手編みのマフラー。
クライヴらしく黒色で、端の方に赤のラインが何本か入ってるというシンプルなデザイン。
「君が作ったのか?」
「ええ、もちろん。今年は時間がありましたから…とは言っても、腕がまだまだですから出来の方はいまいちかもしれません
けれど」
地上の守護という仕事があって、去年はプレゼントを作っている余裕がなかったから、クライヴの好きそうなロザリオを渡した。
今年は時間はあるがお金はない。(クライヴに養って貰っているから、自由にできるお金があまりないのだ)
だから、その時間を利用して、マフラーを作ってみた…。
「いや…ありがとう」
クライヴの好きな色と、着る服の感じに合わせてくれたのだろう。
今着ている服の上からやっても似合うだろうと思い、試しに首に巻いてみた。
「あっ、よかったっっ!いい感じになってますっ!どうです?少しは温かいですか?」
「…ああ、そうだな」
着けたからといっていきなり温かいという訳などないのだが、温かい気がする。
「…本当はバレンタインにもいろいろとプレゼントするみたいですけれど、何をどうしていいのか分からなくて…来年は何がいい
です?」
「…来年の事は分からん」
「…そうですよね。来年の事は来年に決めましょうか」
クライヴのマフラーを整えつつ、微笑む。
「…ただ…」
「ただ?」
クライヴの言葉に顔を上げてみる。
「来年も、一緒に居て欲しい」
「…っ!」
「ずっと一緒に祝ってくれるのならば…俺はそれだけで充分だ」
プレゼントなどクライヴはいらなかった。
ただ、彼女がここに居て、祝ってくれるだけでよかった。
「…もちろんですよ、クライヴ…」
「…ありがとう」
そう言うと、クライヴはルネアを抱き締めたた。
ほのかに感じるルネアの温もり。それがあるだけでクライヴは幸せだった。
それはルネアも同じで、クライヴの温もりを感じつつこの幸せがずっと続くことを祈っていた。
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