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きっかけは一冊の本だった。膨大な量の蔵書を誇る天界の図書館。その中の忘れ去られたよ
うな一角にその本はあった。本来ならば誰の目にも触れることなく、そしてまた誰の手にも
取られることの無かったはずのその本が、偶然にもその一角に入り込んだ1人の天使の目に
留まり、そしてまた偶然にもその天使が探していた書物の内容とも一致したため持ち出され
た………全ては偶然が重なった為に起きたことだった。果たしてそれが本当に偶然と言える
かどうかは、誰にも分からないが………
「え〜っと、ベラドンナの粉末を入れたら………今度はキャッツ・クロウの粉末を入れて一
煮立ちさせてっと………」
グツグツと音を立てて沸き立つ大鍋を前にして、1人の天使が薬の調合に勤しんでいた。
「………そうしたら最後に此処に妖精の羽と星の粉を入れて………って………あれ………
なんかおかしい………?」
鍋の中に最後の材料を入れた途端、本来ならば澄んだ水色にならなければならないハズの薬
液が、どういうわけか濃い青色になってしまったのだった。
「おっかしいなぁ………何処で間違えたんだろう………?」
鍋を前にしてしばし考え込む。材料の配分か何かを間違えたのだろうか?それとも、入れる
順番を間違えたのだろうか?どちらにしても、本来作りたかった薬とは異なる物が出来てし
まったことに違いはない。
「………まぁ、いっか。それにこの薬がどんな効果があるのか気になるし。誰かに試してみ
よっと♪」
そう言って、その天使は薬液を小瓶に移す。好奇心から起こした行動が、この後とんだ騒動
を引き起こすとは露ほども知らずに………………。
薬の入った小瓶を手にした天使が真っ先に向かったのは、天使長達の所ではなく、自分が実
の姉のように慕う天使・セレスティナの所だった。
「妖精さんの話だとこの辺りにいるハズなんだけどな〜」
フワフワと宙を漂いながら目的の人物(?)を探す。天界よりは狭いとはいっても地上はやは
り広い。ある程度大まかな場所は教えてはもらっていたが、渦巻く雑多な念(オモイ)のせい
か、いまいち場所が掴みにくい。そうして探すこと数時間。ようやく目的の相手を発見した。
「あっ、いたいた。姉さ〜ん!!」
声をかけると相手も気付いたのか上を向き、大きく腕を振る。そして身振りで下に降りてく
るように伝える。それに大きく1つ頷くことで了解の意を示し、一気に大地へと舞い降りた。
だが、彼女は重要なことを忘れていた。地上と天界では足場が全く違うと言う事を。
「知り合いか?」
「あぁ。知り合いというか………妹みたいな感じかな?」
クライヴの問いに、小さく苦笑しながらセレスティナは答える。
「ルリって言うんだ。性格は………まぁ、会えばすぐ分かると思う。」
「………………?」
そう言って更に苦笑を浮かべたセレスティナをクライヴは不思議そうに見返す。何故そんな
風に言ったのか………その理由を、この後すぐ己が体験する羽目になるとは全く思いもしな
かったであろう。そして、“何故このときに深く追及しておかなかったのか”と、思い切り
後悔する羽目になることも………
「やっと見付けた〜何処にいるのかと思っちゃった。」
そう言いながらルリと呼ばれた天使が大地に降り立とうとして思い切りよろめく。どうやら
バランスを取り損ねたらしい。その後、数回トライして何とか数歩離れた大地に降り立つこ
とに成功する。だが、その数歩が、後に大惨事を起こすきっかけとなるのだが………それを
知る者は誰1人としてその場にいるわけもなかった………
「珍しいな、地上に降りてくるなんて。何か急用でも出来たのか?」
何かイヤな思い出でもあるのか、心なし引きつった声でセレスティナがルリに地上まで降り
てきた理由を聞く。
「急用って言うか………薬の調合してたら別の薬が出来ちゃったから、姉さんに見てもらお
うと思って。」
それに気付いているのかいないのか。あっけらかんとした調子でルリは用件を告げる。
「見てもらおうと思ってって………まさか、持ってきてるのか?!」
その瞬間、思い切りセレスティナの顔色が変わったのをクライヴは見逃さなかった。そして、
一体、何をそんなに恐れているのか。と、漠然とした不安を胸に覚えるのだった。
「当たり前じゃない。持って来なきゃ見せられないでしょ?ホラ、これなんだけど………」
そう言って、ルリが薬の入った小瓶を取り出しセレスティナの方へと歩み寄ろうとした瞬間
………
「うわぁっ!!」
ルリは思い切り躓いた。自分の服の裾を踏みつけたのだ。その瞬間、2人は同時に『あぁ、
やっぱり…』と思ったのだがすでに後の祭り。そして当然の事ながら手にした小瓶は宙に放
り投げられてしまい………
“バシャッ!!”
回転し、綺麗な放物線を描きながら宙を舞い、狙ったかの様に中身を、余りにも予想道理の
展開にに硬直しきっている2人の頭上にぶちまけたのだった。
「ッ!!」
「?!」
濃い青色をした液体が2人の頭上に広がる。2人が全身にその液を浴びるのと、ルリが派手
に転ぶのはほぼ同時だった。
“ドタリ”
“ドサッ”
“ガシャン”
「あったたた………ごめん姉さ………ってどうしたの?」
どうやら顔面強打だけは免れたらしいルリが、それでも打ってしまった鼻の頭をさすりなが
ら立ち上がると、其処には地面にへたりこんだまま呆然としているクライヴと、手にした剣
の切っ先を地面に食い込ませて驚愕しているセレスティナの姿があった。
「体が…重い…」
「持ち上がらないぞ?!これ…」
「あ………あのサ、2人とも………どうしちゃったの………?」
恐る恐るルリが声をかけると、2人は酷くゆっくりと顔を上げルリの方へ顔を向ける。
「「………入れ替わってる………」」
「ハ?」
異口同音に告げられた言葉に思わず間の抜けた返事を返してしまうルリ。だが、やがてその
言葉の意味を理解して、一気に顔色が変わる。
「入れ替わってるって………もしかして………」
「そのもしかしてだ………オマエ、一体どんな調合したんだ?!」
相変わらず地面にへたり込んだままの格好で、セレスティナ(外見はクライヴ)が低い声で尋
ねる。その様子に思い切りルリは後ずさりする。
「どんなって………本に書いてある通りに調合しただけだけど………(ヒ〜ッ!姉さん、本
気で怒ってるよぉ〜おまけに外見が外見だから迫力ありすぎて余計に恐いよぉ〜(泣))」
「どんな本にこんな薬の調合法が載ってるんだっ!!さっさと戻ってその本持って天使長
様達の所に行ってこいっ!!」
「は………はいぃぃぃぃぃっ!!」
元々怒ると恐いところはあったが、今回は外見のせいもあってかよっぽど恐かったらしい。
半泣き&パニックに陥りながら、ルリは大慌てで天界へと戻っていった。
「立てるか?」
ルリを見送って少しした後、どうやら剣を持ち上げることを諦めたらしいクライヴ(外見は
セレスティナ)が声をかける。
「あぁ………なんとか………にしても、人間の体がこんなに重いなんて思いもしなかった…
……」
手にした剣にすがりながら、それでもなんとかセレスティナは立ち上がる。
「そうか………?それより、これからどうするんだ?」
「どうするって言われてもなぁ………取り敢えず、ルリが戻ってくるのを待つしか方法が無
いな………それからのことは、よくわからん。」
そう言って、クライヴ持ち上げるのを諦めた剣を、まるで羽を持つかの如く軽々と片手で持
ち上げ鞘に戻す。
「?!」
その様子に思わず目を丸くしたクライヴにセレスティナは小さく首を傾げ、次いで“あぁ、”
と小さく笑う。
「一応、天界の宝刀だからな………持ち主を選ぶんだ。」
そう言うと、少し離れたところに置いてあるもう一振りの剣を手にするとそれも同じように
軽々と持ち上げる。
「………重くないのか?」
答えは分かり切っているのに思わず聞いてしまう。先刻持った感じでは、とても片手で持ち
上げられるような重さではなかったはずだ。
「イヤ、全然。そっちの剣の方がよっぽど重いと思うんだけど………」
そう、セレスティナは不思議そうに返す。
「………そんなに重いか?コレ。」
軽々と2本同時に目の前に高さにまで掲げてセレスティナが逆に尋ねる。
「あぁ、正直、両手でなんとか持ち上がる程度の重さだったぞ?」
「へぇ………」
入れ替わってしまったことに対し、2人とも以外にもあっさりと順応してしまい、パニック
に陥ることも無く、何時もと変わらず淡々とした会話が続く。実際、このとき2人はすぐに
元通りになるだろうと思っていたのだが、諸事情により元に戻るための薬の制作に数ヶ月掛
かってしまい、その結果、周囲をも巻き込み、とてつもない大事件へと発展してしまうのだ
った………
続く………のか?!
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