| どてっ |
| 思いっきり顔からこけたらしい。仕方なく起こしに行く。 |
| さっきからずっとこうである。「一緒に歩いてもいいですか?」と尋ねられ、許可 |
| を出してしまったのが運の尽きか…。この天使、とにかく転びまくる。木の根や石に |
| 躓くのは歩き慣れてないのならしかたがないかとも思うが何故止まっている木にぶつ |
| かる…。さっきは川にもはまっていたな…。 |
| 「大丈夫か?」半ば呆れ気味に声を掛ける。すると彼女は顔を上げ、にっこり笑っ |
| て「はい。平気です」と答えた。これの繰り返しである。 |
| この所為でなかなか前に進めない。目的地が遥か遠くに感じれる。…いいかげんに |
| してくれ…。しかし、自分が一緒に歩くことを許可したのだ。今ごろ帰ってくれとは |
| 言えない。かと言って…。 |
| 「あの…クライヴ様?私…もしかしなくても邪魔ですか?」 |
| 表情を察したのか、不安げに俺の顔を見上げている。本当のことを言ってしまえば |
| 『邪魔』なのだが…そう言うのは少々気が退ける。 |
| 「いや、そんなことはない」 |
| このままでは泣き出しそうだったので、とりあえず彼女を宥める。こんなことを |
| 言って、後悔するのは自分なのだが…。 |
| 「それにしても、よくそんなに転べるものだな。足元をよく見て歩いた方がいい。」 |
| これ以上転ばれては洒落にならない。頼むからこれ以上転ばないでくれ…。先に… |
| 進めない…。 |
| 「…私…言っていませんでしたか?」 |
| 首を傾げて、きょとんとした眼で俺を見ながら、彼女はそう返してきた。「言って |
| いませんでしたか?」と聞かれても、全く見当がつかない。仕方なく何をか問えば |
| 「え!本当ですか!?」と焦った声が返ってきた。だから…何を…? |
| 「私、生まれつき目が見えないのです。人とか、動物なら…その…気、見たいな物で |
| 判断できるのですが…」 |
| …は? |
| 「天界ではこんなにぶつかったり転んだりしないのですが、アルカヤではまだ感覚が |
| 掴めないので…。それで、よく転んでしまうのです。本当にすみません」 |
| ふざけるな!と叫びたい所だ。つまり、転びまくる理由は、足場が悪かったからで |
| も、たんにドジであったからでもなく、見えていなかった…と言うことらしい。 |
| 「そういうことは早く言え」 |
| 「…話したとばかり思っていました」 |
| だって、クライヴ以外はみんな知っていますよ。と、付け足す。 |
| この天使と出会ってから、日が浅いとは言え、気づかなかった俺も悪いのかもしれ |
| ないが…。しかし、転ぶ理由が判ったからと言って、彼女が転ばなくなるわけではな |
| い。 |
| 「あの〜…クライヴ様?どうかしたのですか?」 |
| 「いや…行こう」 |
| 彼女は「はい!」と元気のいい返事を返すや否や、また地面に顔をぶつけていた。 |
| 本当に…頼むから、前に進ませてくれ…。 |
| …仕方ない…か…。 |
| 「おい」 |
| 「はい?何でしょうか…?」 |
| 「何でしょうか、じゃない。手を出せ」 |
| 「えっ…と?はい」 |
| すっと差し出された白く細い手を取った。思うよりずっと華奢な腕は、軽く折れて |
| しまいそうだった。よく見れば、小さな擦り傷が沢山刻まれていた。あれだけ転びま |
| くっていたんだ、仕方ないと言えばそうだろうが…何故気づかなかったのだろう…。 |
| 「これならば、もう転ばないだろう?」 |
| 「あ…ありがとうございます」 |
| 彼女は少し顔を紅潮させ、微笑んで言った。 |
| 女性の…いや、人の手を引いて歩くなど、初めてのことだ。さすがにこうすれば転 |
| ぶ事は無くなるだろうが…何が嬉しくてこんな事を…。思わず頭を抱えたくなった。 |
| この天使がアルカヤでの感覚を掴めるまで、ずっとこの調子なのだろうかと思うと、 |
| 頭が痛くなる。 |
| 歩き始めて少しすると、彼女が口を開いた。 |
| 「クライヴ様の手は、大きいのですね。それに…ひんやりしていますね」 |
| はっとした。彼女の手からは確かな温もりが伝わってきている。だが…俺は? |
| 「知っていますか?手が冷たい人の心は、とっても温かいのですよ。クライヴ様のや |
| さしさの象徴みたいですね」 |
| 彼女の口から出た言葉は、こうだった。一瞬、胸の鼓動が速まったような気がし |
| た。それは多分、俺の抱いた事のない感情。死を望む俺には必要のない…モノ…。 |
| 「変な事を言う奴だな」 |
| 「ええ!?そ…そうですか!?」 |
| 何と言葉を返せば良いか判らなかった。『変な奴』、俺にとってこの天使はそんな |
| 存在だった。初めて会ったときから…ずっと…。でも、少しずつだが、この天使に対 |
| する感情が変わってきているように感じる。 |
| 「あの…クライヴ様?もしかして私、気に触るようなことを口にしましたか?」 |
| 「そんなことはない。行こう…」 |
| 「はい。クライヴ様」 |
| 笑顔を向けて言う。初めて見た時も思った事だが、彼女の笑顔は、そう…陽光…。 |
| 夜の闇の中で暮らす俺とは逆の存在である事を物語る。判っている。モトモト住む世 |
| 界が違うのだ。それでも…俺は…。 |
| 繋がれた手は…温かかった。今は…それだけで…。 |