□□□■ 花見をしよう! ■□□□



  「ハァァァァァ……ヒマだ……」
  テラスの手摺りに頬杖をつき、地上の様子を何となく眺めながら、セレスティナは大きな
  溜息を一つした。
  「報告書は……全部提出しちゃったし、ここのところ、事件も起きてナイしなぁ………。」
  ぼんやりと視線を動かす。今、地上界は春である。1年のうちで、一番色鮮やかな季節だ。
  「どうせ此処にいてもパールに遊ばれるだけだし……気分転換に、アルカヤの宙(ソラ)でも
  飛んでこよっと。」
  そう言うや否や、畳んでいた翼を大きく広げ、セレスティナは一目散に地上へと飛び立って
  いった。

  「ん〜〜〜、いい気持ち〜☆」
  いつもならば身にまとう風の結界を解き、暖かな春の風を体中に受けながらゆっくりと南か
  ら北へとアルカヤを縦断する。
  「一年中咲いてる天上界の花と違って、此処の花は活き活きしてていいなぁ…。」
  いつもは、任務だ事件だでゆっくりと見ることの出来ないアルカヤの景色。同行の際は、な
  るべく風景も見るようにしてはいるのだが、それにも限度がある。こんな風に、地上の生物
  達の声無き声を聞くようなことは決して無かった。
  「へぇ、そうなの……分かった。有り難う、ウィンディ。」
  耳元を通り過ぎる風がそっと教えた、薄紅の花弁を持つ花の話。その花に興味を覚えた
  セレスティナは、風が教えた場所へと進路を変え、早速その花を見に行くことにした。

  「あれ?確か…この辺りのハズなんだけど……」
  目的の花のあるらしい場所の近くで、不覚にもセレスティナは迷っていた。
  「っかしいなぁ……ドコに有るんだろう……?」
  空中に留まり、長い髪を風にもてあそばせながら考え込む。風は、セレスティナの不思議な
  輝きを持つ銀の髪を優しく宙に舞わせる。
  「この辺に、それらしい花は見当たらないし……」
  顔に流れてきた髪をそっと背に流しながら、再び考え込む。こうなると、時間なんぞ一切気
  にしない性格の持ち主である。何時しか日は暮れ、空には見事なまでの満月と星が輝いていた。  

  「…様、…天…様、」
  日が暮れて暫くした後、ローザが天使の元へとやってきた。
  「うっさいなぁ…今、考え事してるんだから静かにしてよ!」
  耳元で掛けられるローザの声に、五月蠅そうに顔をしかめ、また、考えに没頭する。
  「天使様っ!」
  「っわぁっ!……なんだ、ローザか…驚かさないでよ…」
  遂に怒ったらしいローザが肺活量いっぱいの大声でセレスティナを呼ぶ。その声の大きさに、
  流石のセレスティナも気付いたらしく、己の世界から帰還する。
  「私は先程から何度もお呼びしてましたよ?天使様…」
  実際、ローザは、気付くまでの5分間、ずっとセレスティナの事を呼んでいたのだ。
  「ゴメン。……何か用?ローザ。」
  「もぉ。“何か用?”じゃ無いですよ?天使様…面会を希望される勇者様がいらっしゃいます。」
  呆れ果てたような声でローザが告げる。
  「面会?誰が?」
  「クライヴ様です。お行きになられますか?」
  この瞬間、一刻も早く風の教えてくれた花を見たいから面会を断ろうと思っていたセレスティナ
  は慌てて考えを変えた。
  「分かった。行ってくる。」
  「行ってらっしゃいませ。」
  ローザの返事も待たずにさっさと飛んで行くセレスティナの姿を見ながら、ローザは小さく
  笑う。口では何だかんだ言いながらも、面会の希望や、戦闘に入る度、一目散にクライヴの
  元へ駆けつける天使の姿は微笑ましい物なのだ。

  開け放した窓から緩やかな風と薄紅の花弁が舞い込む。おそらく、この街のほぼ中央に位置
  する広場に植えられていた櫻の花弁であろう
  「………。」
  床に舞い落ちた花弁を一枚拾い上げ窓から外を見る。生憎と他の建物に遮られて、この位置
  からは満開の花を咲かせている櫻の木を見ることは出来ない。
  「クライヴ」
  フワリと正しく舞い降りるようにしてセレスティナが横に立つ。
  「?何?ソレ?」
  顔を近づけて、拾い上げた櫻の花弁をじっと覗き込む。
  「櫻の花弁だ。」
  「サクラ?」
  不思議そうな顔をしてセレスティナは首を傾げる。
  「見たことが無いのか?」
  少々以外に思いながらクライヴは首を傾げて考えるセレスティナに視線を向ける。
  「うん。全然知らない。どんな花なの?」
  よくよく考えてみれば、知らないのも当然なのかもしれない。セレスティナは任務のために
  このアルカヤに来ているのだから、あまりゆっくりと地上の景色を見たことがないのだろう。
  「そうだな…口で説明するよりも、実物を見た方が分かりやすいだろう。」
  そう言って、クライヴは外へ向かう。元々、この櫻を見せたかったこともあり、丁度良かったのだ。
  「今から?何か用が有ったんじゃ無いの?」
  慌てて後を追いながらセレスティナが訊ねる。
  「…行きたくないのか?」
  ドアの手前で振り返りながら、逆に聞き返す。クライヴのその言葉に、セレスティナは慌て
  て振り子のように頭を左右に振り、否定の意を示す。
  「なら、行くぞ。」
  「あっ!ちょ…ちょっと待ってよっ!」
  さっさと部屋を出ていくクライヴの後を慌てて追い掛けるセレスティナの顔は、心なしか嬉
  しそうだった。

  中央の広場には、満開の櫻を楽しもうと大勢の人が集まっていた。
  「あれが櫻だ。」
  そう言ってクライヴが指し示した先には、巨大な櫻の木が、満月を背後に大きく枝を広げ、
  満開の花を付けていた。
  「うわぁぁぁぁぁぁ……すっご〜い。綺麗〜っ。」
  初めて見る櫻に、セレスティナは感動しているようだった。満月を背にした櫻は、何とも言
  えない、幻想的な雰囲気を醸し出しており、周囲の喧噪とは一線を画す物があった。
  「もう少し、近くに行くか?」
  「うん。」
  クライヴの申し出にも心此処に在らずと言う感で、上の空で答える。仕方なく、ぼぉっと櫻
  に見とれるセレスティナの手を握り、その手を引くようにして前へと進んだ。

  櫻の木の下は、周囲に比べて人が幾分か少なく、空いていたスペースに並んで腰掛けながら
  櫻を見上げる。
  「櫻の木の下には…死体が埋まっているそうだ。」
  「え゛?」
  ポツリとクライヴが漏らした言葉に、セレスティナがぎょっとする。その様子を面白そうに
  見ながら、クライヴは言葉を続ける。
  「櫻の木が大きいのは、その死体を養分として成長するからで、花弁が赤いのは、その死体
  の血液の色に染まるかららしい。」
  「………ウソ………」
  かなり物騒な事をあっさりと、しかも真顔で言うクライヴに、先程までの感動は何処へやら。
  思い切り顔を引きつらせながらセレスティナは何とか一言だけ言葉を紡ぐ。
  「ああ。嘘だ。」
  「…………………。」
  やはりあっさりと嘘と認めるクライヴに、セレスティナは思い切り脱力し、頭を抱え込む。
  「一瞬でも信じたアタシがバカだった………」
  「なんだ。信じたのか?」
  力無く呟いた言葉に返ってきたのは、その様子を面白がるかのような声だった。
  「悪かったわねぇ……」
  ジト目で睨み返しながらも、諦めたかのように頭を上げる。
  「…また、一緒に見たいね…」
  「…そうだな…」
  そう言って、頭上に咲く櫻を見上げる。薄紅の花弁を通して見る月の光は、どことなく、何
  時も見る月の光とは違って見えた。
  「アルカヤが平和になったら、また、何時でも見に来られるだろう…?」
  「ン…それもそうだね……」
  クライヴの言葉に力無く笑って、セレスティナは髪を掻き上げる。月の光を受け、それは不
  思議な光沢を放ちながら吹いてきた緩やかな風に舞う。
  「そろそろ宿に帰るか…?」
  沈み込んだセレスティナを気遣うようにクライヴが声を掛ける。
  「そうだね。風も吹いてきたし……っキャッ!」
  立ち上がろうとした瞬間を狙うかのようにして吹いてきた突然の突風に不安定な体勢を取って
  いたセレスティナは、たまらずにバランスを崩して、転びかける。
  「セレス、大丈夫か?」
  「足…捻ったみたい…」
  慌てて差し出されたクライヴの腕に支えられ、何とか転倒する事だけは免れたが、バランス
  を崩した際に左足首を捻挫したらしく、左足は、地面に着けることさえ出来なかった。天使
  であるセレスティナが怪我をするというのもおかしな話ではあるが、実体を持っている今は、
  普通の人間と同じように怪我をする事もある。
  「そうか…なら、仕方ないな。」
  そう、短く言うと、ヒョイとセレスティナを横抱きに抱き上げ、そのまま宿に向かう。
  「ク…クライヴ!?」
  あまりのことにセレスティナは思い切り狼狽える。周囲で花見に興じている人々の冷やかす
  ような視線により、その顔は耳まで赤くなっている。
  「暴れるな。落ちるぞ?」
  その言葉に、ピタリと暴れるのを止め、大人しくなる。そうしてセレスティナはクライヴに
  抱き上げられたまま宿に戻った。ちなみにその間、セレスティナが恥ずかしそうに俯いたま
  ま顔を上げようとしなかったことは言うまでもない。

  「……自分で歩けたのにぃ……」
  宿に戻り治癒呪文を捻挫した左足首にかけながら、恨めしそうにセレスティナはクライヴに
  言う。よほど大勢の前で“お姫様だっこ”されたのが恥ずかしかったらしい。
  「それだけ腫れていて歩けるわけが無いだろう?」
  宿に戻る間に捻挫した足は、何処が足首か分からないほどに腫れ上がっていた。
  「な…なら、天使に戻って…」
  「あれだけ大勢の前で突然姿を消してみろ。俺が困る。」
  確かに。あれだけ大勢の人間が居る前で突然姿を消したら、クライヴは周囲の人間から質問
  責めにあうだろう。そう考えれば、セレスティナを抱き上げて運んだのは一番良い選択だっ
  たのだろう。それは分かる。それは分かるのだが、恥ずかしいのに変わりはない。
  「お願いだから、前もって一言言ってからああいうことはしてよね?!」
  「分かった…」
  治療が終わったのか、調子を確かめるかのようにグリグリと足首を回しながら言うセレスティナ
  に、少々辟易したようにクライヴは答える。
  「サクラ…見に連れて行ってくれてアリガト…」
  ややあってから、ポツリと小さな声で、照れたように俯きながら礼を述べる。そして、勢い
  良く立ち上がると、ドアへ向かう。抱きかかえられてこの部屋に戻ったとき、宿の人間に姿
  を見られている為、一旦、宿の外へ出てから姿を消すつもりらしい。
  「帰るわ。じゃぁね。」
  パタンとドアの閉まる音を聞きながら、クライヴは先程聞いたセレスティナの言葉の意味を
  考えていた。
  「……………。」
  おそらく、言った本人であるセレスティナは、まさかクライヴがその言葉を聞いていたとは
  思ってもいないだろう。大体にして、その言葉を聞いたということを知っていたら、あそこ
  まで冷静さを装っていられるわけがない。
  「……聞かなかったことにしておくか……」
  そう言って、開け放したままの窓を閉める。窓の下には、薄紅の櫻の花弁が、数枚、落ちて
  いた。


  END




 
(コメント)
 意味不明な終わり方&無意味に長い…何でこんなの思い付いたんだろ?
 “櫻の木の下には〜”の部分は有名ですね。確か最初はその部分は書く予定じゃ 
 無かったような気が……ついでに言えば、捻挫も予定外だ。だから無意味に長く
 なるんだ…ダメダメじゃん…自分……。)

                


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