「何かいい事でもありましたか?」
突然の訪問にやってきた天使は、俺に向かってそう言った。
「何故そんなことを聞く?」
出会ってから何度か話をしたが、突飛な台詞が彼女は得意らしい。今日もまた
こんな風に、脈絡のない会話で俺に声をかけてきた。
「何故って貴方が、楽しそうな顔に見えるからですね。」
人差し指を顎に当てて、屈託のない顔で彼女は答えた。
「楽しそうな顔…?」
「楽しそうににっこり笑う…というのとは違うんですが。そうですね…穏やか
な雰囲気というのでしょうか?」
う〜ん、と唸りながら自分の言葉をわかりやすいように、と懸命に伝えようと
する姿があった。
「…別に何もない。」
「そうなんですか?では、私の気のせいですね。」
彼女には些細な会話だったのか、さして気にとめた風もなく、次に別の会話を
話し始めた。
天使はそんな様子だが、じつはこの何も考えて無さそうで、だが時々鋭いこと
を言う彼女の台詞で、つい夕べの夢を思い出した。
暗黒の世界の中に、小さな光が見えた。その光は見る見るうちに大きくなっ
て、一瞬にしてその暗闇を塗り替えていった。暗黒の中にいたはずの俺は、白い
美しい景色の中、誰かを待っていた。
いつも持ち歩いているはずのソードなど手には何もなくて、ただひたすら誰
かを待っていた。相手が誰なのかはわからないが、自分の心が期待と幸福な
気持ちで満たされていたことが、今でもわかる。
「クライヴ!!」
後ろから声をかけられて、振り返ると光が余りにも眩しくて、目を細めた。
どこまでも白い風景の中、誰かが自分の名を呼びながら近付いてくるのがわ
かった。
「・・・・!!」
誰の名を呼んだのか、はっきりしない。俺もまた相手の名を呼んで、お互いは
駆け寄った。
顔が光に隠れて見えないが、恐らくそれは自分が心から大事に思う相手だっ
たのだろう。
嬉しそうに俺は彼女を抱きしめて胸がいっぱいだった。
「・・・・だな?」
「はい。私を・・・・・・・・、・・・下さい。」
互いに何かを確認するように言葉のやり取りが行われ、最後に承諾をした彼
女に向かって…俺は。
そこから先は覚えていない。ただ、気がつくと目が覚めて…。
いつも眠りから覚めると、嫌な気分でいることが多い。何故ならそれは夢の中
でも闇に追われていて、目が覚めて現実に見える世界もまた、自分を追い続け
る闇なのだ。
うなされることはしばしばあった。襲ってくるのは抗うことの出来ない、血の
狂気。過去の苦い思い出。繰り返し繰り返し、止まる事の知らない怒りの感情。
「この前アルカヤの空から、うかがっていて見つけたのですが…。」
ふと、彼女がのんびりしたトーンで話す声で、自分が今天使と歩いている事を、
思い出した。
自分に向けられるのは、誰にでも惜しみなく向けられる、最上の笑顔。
地上の為にと大義名分を掲げて、熱心に自分の事のように駆け回る天使。そ
して勇者と言いながら、己の目的の為だけにアンデッドたちを切り裂いていく
自分。余りにも正反対な自分たちが、滑稽に思えた。
そして隣の彼女の声を聞きながら、自分に言い聞かせた。
―― たかがあんな夢をみただけで、何を浮かれている?あれはただの夢な
んだぞ。そうだ、現実ではないんだ。
横目でちら、と彼女を見たが気付いた様子もなく、俺に話を続けている。
神々しいまでに輝いて見える彼女の存在を目の当たりにして、夕べの夢が余
りにも現実とかけ離れていることを、思い知らされた。
―― それよりも俺に今できることといえば、穏やかに過ごせたあの夢を思
い出すことではなく…。いかにしてできるだけ多くのモンスターたちを道連れ
にして、地獄に落ちるかということだ…。
ラビエルの声は、近くにいるはずなのに、とても遠かった。
アルカヤに本当の平和が訪れた。
一年前はいかにして死のうと思っていたこの体も、最後の戦いで消えかかっ
たものの、こうしてこの地に生を留めている。
天竜達との戦いも終わり、俺との約束を交わして彼女は天界に上っていった。
約束は確実ではなかった。俺の望みは彼女とこの地で生きていくことであっ
たが、それが天界から使命を受けた彼女が容易に戻ってこれるとは、言い難いこ
とだった。
だが何故だろう?根拠のないことだが、彼女はいつか戻ってくるような…そ
んな気持ちで数日を過ごしている。
賑やかな町並みは未だに苦手で、人ごみの溢れる夜の街を早く通り過ぎよう
と、足を速めていた。人を避けながら進んでいくと、後ろから自分の名を呼ばれ
た気がした。
この世界で俺のことを知るものなど、わずかでしかない。まして、異国の土地
で俺を呼ぶ人物などいないはずだった。しかしこの落ち着かない気持ちと共に、
振り返ろうとして…。
「クライヴ!!」
「…ラビエル!!」
そこには、かつてこの地を守ろうと天界から舞い降りてきた、天使…いや。今
は、人として純白の翼を預けてきた彼女…ラビエルがいた。
気が付くと、駆け寄っていた。彼女も、息を切らせて俺の前へと辿り着いた。
それから手と手が触れ合って、互いの存在を確かめ合うように抱き合った。
胸が高鳴っていくのがわかる。喜びと感動で、舞い上がりそうな気持ちだった。
あれこれ言いたいのに、しかし気のきいた台詞など出て来ない。
「残れるのだな…?いいのか?本当に…」
やっと出た言葉がその一言で、それでも律儀に彼女は答える。
「はい。私を…クライヴのそばに、いさせて下さい。」
その言葉を聞いた時、ある風景が今の景色と重なって目を閉じた。
いつか見た、白い白い景色の中で。
余りに眩しくておぼろげだった風景が、ここに広がる景色だったと思い返される。
そして夢の中で、心から大事な相手を抱きしめて、幸せそうにしている自分。
―― そうか。…ラビエル…君だったんだな。
「…ありがとう。」
目を開いて、俺の腕の中で優しく微笑む彼女に、偽りのない笑みを浮かべて
口を開いた。
―― 俺は、君を…
「愛している…。」
過去に見たはずの思い出せなかった夢の結末が、今鮮明に現れて、そしてそれ
はこれからの未来へと重なった。
〜End〜
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