「今、なんて言いました、レーパス!」
ラキア宮中に響くような大声に、そこに居て思い思いの事をしていた妖精たちは、
びっくりして座っていたイスからずり落ちた。
セラフィーアは、後さずりかけているレーパスの腕を取ると、それ以上逃げられないようにイスに座らせる。
「あ、あの、天使さま・・・?」
怯えた目で見上げるレーパスを覗き込むようにすると、セラフィーアは真剣な顔で聞き返した。
「今、明後日がクライヴの誕生日だって、言いませんでした?」
「言いましたが・・・、それが何か?」
いつにも増して真剣な顔をしているセラフィーアに少し怖いものを感じ、レーパスは少し声が震えた。
その様子を見守っている妖精たちも、なにやら神妙な顔でその様子を見ている。
その中の2人―――フロリンダとリリィは、顔を見合わせて『また始まった・・・』と小さな声で呟いてから溜め息をついた。
「いいですか、お誕生日というのはその人が生まれて来たとても大切なものなのですよ?
ちゃんと皆でお祝いしなくてはダメじゃないですか!」
「・・・では、何かプレゼントをお渡しになるのですか?」
やや押され気味にそう聞くと、何を当たり前なと言う表情でレーパスを見てから、
「もちろんです!!私、さっそくクライヴの元に行って来ますね!!」
と、妖精たちが声をかける間もなく飛び出して行った。
セラフィーアが飛び去って行った後、ラキア宮には呆然としたままの妖精たちだけが残された。
そしてその中で、フロリンダとリリィだけは、黙々と―――いや、やや呆れ果てながら作業を続けていた。
「天使様ってばぁ、相変わらずですよねぇ〜?」
「本当に・・・」
その聞き逃しがたい呟きを聞いたレーパスは、我に返って2人に聞き返す。
「相変わらず・・・・・・?
ねぇ・・・。天使様って、前の地上界―――インフォスでもあんな風だったの・・・・・・?」
2人は顔を見合わせてから、全く同時に溜め息をついて頷いた。
「そうですよぉ〜。天使様はぁ〜、お祝いするのが好きなんですぅ〜♪」
と、フロリンダ。
「何かお祝い事やおめでたいことがあると、すぐにでもそちらに気を取られて仕事にならないのです。
本当に、いくら言っても聞いてくださらないのですから・・・」
要するに子供なんですよ。そう付け足すと、リリィは少し可笑しそうに笑った。
そのときの顔は、手のかかる妹を見るような姉の表情だった。
「―――あの方は、いつまでも変わらないのですね・・・」
その呟きは、誰に聞かれることもなく、風の中へと消えていった。
〜スラティナ〜
街は闇に包まれ、静寂が辺りを支配する。
それは皆、これから眠りに付こうとする時刻だったからだ。
そんな中、1人の青年が街外れの丘に佇んでいた―――
「・・・今日は来ないのか・・・」
空を見上げたままそう呟く。
そして自分があの天使を待っていることに気が付いて、青年―――クライヴは少なからず驚きを覚えた。
今までは自分の誕生日なんて、こののがれられない運命の始まった忌まわしい日だとしか思わなかった。
なのに、その日をあの天使に祝って欲しいと思っている自分がいるのに気が付き、ばからしいと思う。
老夫婦に育てられていた時は良かった。2人とも暖かく自分の生まれて来たことを感謝してくれたし、
何より『おめでとう』と、一言言ってもらえるのが何より嬉しかった。
こんな自分でも、この世に生きていて良かったと思えたから。
(―――似合わないことを考えているな・・・)
そう思って修行を再開しようとすると、ふいに空の一点が明るくなる。
清らかな、それでいて暖かみのある光。
それは、今クライヴが待ち続けていたものだった。
「クライヴ、お元気でしたか?」
いつもと同じ笑顔と、いつもと同じ言葉。
代わり映えしないなと思いつつ、しっかりそれに答えている自分がいて驚いた。
「・・・あぁ。前に会ってから、まだ2日しか経っていない。そんなに簡単に体調など変わらんさ・・・」
「そうですか?私なんて、1日あったら簡単に風邪引けますよ?」
威張っているのか、事実を言っただけか、セラフィーアはなんともワケのわからない言葉を返す
その言葉を聞いて、威張って言うことか・・・?と、心の中で呟く。
このままワケのわからない話を続けていても意味がないので、クライヴはセラフィーアに話の先を諭す。
「・・・今日は何のようだ?」
「えぇ!あの、レーパスに今日はあなたの誕生日だと聞きまして・・・」
内心驚いたが、そんな感情はクライヴの表情には表れなかった。
まるで関心がないように、そっけなく聞き返す。
「・・・それがどうした・・・?」
「それがって・・・。お誕生日ですよ?自分の生まれた日なんですよ??嬉しくないんですか????」
心底不思議そうに顔を覗き込んでくるセラフィーアに、クライヴは少し慌てて身体を離す。
無防備なまでの無邪気なその表情に、なぜか心臓が大きく脈打つ。
(―――どうしたんだ、俺は・・・?)
いつもの無表情は少し引きつるが、そんなことにセラフィーアは気付かない。
「私はあなたが生れてきてくれて、すっごく嬉しいですよ?だって、この日がなかったら貴方に会えなかったでしょう??
―――そう思ったら、すごいことじゃないですか!」
ねぇ?と嬉しそうに微笑む姿は、天使ではなくただの年頃の女性のものだった。
「・・・・・・」
「すごいと思いません??」
「・・・・・・」
ずっと黙っているクライヴのその姿に、セラフィーアは自分が嫌われているのかと不安になって、素直に聞いてみる。
「―――クライヴは、私と出会えたこと、嬉しくありませんか?」
「・・・・・・そんなことはない。・・・嬉しく思う・・・・・・」
その一言で、セラフィーアの表情が一転する。
不安がり、悲しんでいた表情から、嬉しがり、興奮した表情に変わる。
(・・・・・・子供・・・)
瞬間的にリリィと同じことを連想したところを見ると、さすがに仲が良いだけのことはあると思わせられる。
「あ、そうだ!すっかり忘れていました!!」
「?」
セラフィーアはいきなり大声をあげると、スカートのポケットに手をつっ込んで、何やらがさがさと探しだす。
その様子を暫く眺めていると、ようやく目的の物を見つけたのか、目を輝かせてクライヴを見つめた。
「あの・・・、何が好きなのか判らなかったので、あの・・・、私の好みで悪いのですが・・・」
そう言って持っていたものをクライヴに手渡すと、恥ずかしそうに下を向いた。
手渡されたものを見てみると、そこには、なにやら不思議な感じのする青紫色の石が乗っていた。
「・・・これは?」
「あの、タンザナイトって言うんですよ。私の好きな鉱物なんです。ホラ、こうして翳すと―――」
と、空に翳す。
そうすると、うっすらと光を放ったように見える。
「ね?・・・クライヴの瞳のようで、すっごく綺麗でしょう??」
「・・・・・・」
そんなことを言われたのは初めてなのと、なにやら誉められている気がして、クライヴは何故か気恥ずかしくなった。
そのまま沈黙していると、セラフィーアはクライヴの頬にさっとキスをする。
「っ??!」
「お誕生日、おめでとうございます、クライヴ!!」
天使からの祝福ですよ♪と言うと、顔を真っ赤にしてから夜空に消えて行った。
あまりの出来事に、考えがまとまらない。
でも、セラフィーアの触れた頬だけは熱くて―――
「―――こんな誕生日も悪くないな・・・」
そう言って、クライヴは自分でも気付かないまま微笑を浮かべていた。
その微笑を知るのは、夜空に輝く月だけだった―――
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