平成24年5月29日現在の、専能寺境内の様子。


(上の写真にポインターを移動させると4月8日の写真に変わります。)

■山門は地震の揺れで東側に倒壊し、その後南方面より襲来した津波に流され1kmほど西で発見。
■鐘楼堂は地震の揺れには耐えたものの、津波により押される形で倒壊するも鐘は無事。
■専能寺無量寿堂(合葬墓)は、建物までは浸水しなかったが手すり&欄干を破損する。
■親鸞聖人像は、津波の力で流れてきた建造物か何かに押される形で後ろに傾く。
■境内に敷き詰められていた砕石は流出し、汚泥が厚く堆積し歩くとぬかるんで重たかった。
■車庫内の車(E50エルグランド)は、天井まで浮き上がる程の水に浸かり、エンジンも海水につかり廃車となる。





平成24年6月1日現在の、専能寺境内の様子。

(上の写真にポインターを移動させると3月12日の写真に変わりrます。)


■会館は外からだと2M程の高さまで浸水。
■寺務所は、電話やPC・FAX等全ての事務機器が海水につかり使用不可能となる。
■法衣室、会館大広間、厨房、すべて1m50cm以上の海水が浸水する。
■本堂内部も外陣1m30cm程海水が入り、経本他殆どの仏具が使用不可能となる。
■ご本尊、親鸞聖人御尊影、蓮如上人御尊影は無事。
■本堂向かって右手のガラス戸を破り、mccスマートK(軽自動車)が入堂し、外にはタントが続こうとしている。
■会館大広間の中庭側のガラス戸2枚が割れる。
■本堂正面+左右のガラス戸が全損。
■本堂右手廊下のガラス戸、書院廊下のガラス戸とともに全て割れる。
■書院(講師部屋含む)も全室海水と泥の被害で全壊。



平成24年6月4日現在の、専能寺の様子。


(上の写真にポインターを移動させると3月13日の写真に変わりrます。)

■北側境内墓地は、海岸線より流れてきた松の木や近隣の納屋と思われる建造物などが流入した。
■震災時お寺にいた前坊守の話では、倒れた墓石は津波の被害によるものらしい。
■写真は、園舎東側の車庫より北側に流出したと思われるマイクロバスが墓石上に乗り上げたもの。
■隣には、倉庫代わりに使用していたものか、トラックの荷台が並んでいる。
■他にも自家用車や軽トラック、農作業機械等も流入。
■場所によっては、骨堂ごと流された墓もある。
■『耐震構造』にした墓石は、繋がったままの状態で倒壊した為復旧作業は困難だった。
■倒壊を免れた墓地でも、骨堂内には7cm程の泥がたまっていた。
■震災直後に自衛隊や消防関係者が行方不明者の捜索に入り、最終的には重機を使って大きな瓦礫を撤去してくれた。
■当初、墓地の上に重機を乗せないと作業困難としていたが、人海戦術のお陰で墓地外側からの作業で済んだ。
■基礎を踏みつぶすことなく作業が済んだことに敬意を表したい、自衛隊の皆さん、関係業者のみなさんありがとうございました。

不定期ながらも「更新作業」は続きます…