2001スイス

海外旅行

国内の旅行は一人でも平気なのに、海外となると言葉の壁がありといって至れり尽くせりのツアーは
好きではないし…外国へはそれ程行きたいと思っていなかった。
日本国内まだまだ行きたい所は沢山ある。そんな私に海外旅行のチャンスが2回あった。

初めて海外へ連れて行ってもらった「1999年5月イギリス・ロンドン8日間」友人3人のフリーツアーでした。
ロンドン郊外のホテルに連泊 大英博物館や美術館それにロンドン市内観光を地下鉄やバスで自分達の足で回る楽しみを覚えました
またロンドン近郊への日帰りバスツアーを2回、バース・ストーンヘンジ・コッツウォルズ
カンタベリー・ドーヴァーまで連れて行ってもらえた。

2度めの海外旅行は、友人から誘われ8人のグループに入れてもらい「2001年8月末のスイストレッキング」
憧れのスイスこちらも楽しくて大満足の旅でした。

2001年8月24日〜8月30日《スイス ヴァリス地方》

2度めの海外 初めてのスイス旅行です。

たまたまヨガサークルで知り合い パソコン教えてほしいというころから友達になったSさん(山好き夫婦の定年記念初海外旅行)のツアーに加えていただきました。
S夫妻の山の大先輩Tさんは登山・岩登りの大ベテランで、70歳を越えた今胃は切り取って無いし肝臓も病気 それでも友人知人を対象に軽い山歩きを中心のヒマラヤ・スイスなどのツアーを主催しています。山への情熱と共にすごい精神力です。
今回の一行は ガイド夫妻 その知り合いのA夫妻 Tさん みんな都内在住それに当市のS夫妻と私の8名でした。

   

《出発8月24日(金)》

成田空港へのアクセスは立川からのリムジンバスで。渋滞前に都内を通り過ぎたので1時間半で到着。
12時発満席のスイス航空(JALと相互乗り入れ)で12時間後の現地時間午後5時チューリッヒ着。
眠れないしエコノミーの12時間はつらいものです。ジュネーヴ空港へは約1時間の乗り換え。
スイスの入出国はパスポートをちらりと見るだけ 印も押さない。
荷物を受け取り空港駅から列車で1駅のコルナヴァン駅前のホテルに着いたときは夜8時をすぎていたが
ようやく薄暮という感じです。
駅でも通貨の両替が出来る。1スイスフラン=75円位

これは女性運転手さんでした《2日目 8月25日》
風光明媚な国際都市ジュネーヴですが、一つ横町にはいると
ゴミで汚れている通りもある。市内を走るバスはみんな2台続きの
車両です。懐かしいトロリーバスも走っている。

レマン湖はすぐ近い。
朝の散歩で朝市を見つけSさん思わずトマトとキュウリを買う。
ホテル朝食はバイキングの毎日同じメニュー。
どのホテルも生野菜・生果物は出なかった。

車窓・南向きの葡萄の段々畑。おいしいワインができる9時過ぎの列車で出発。駅には改札口がなく直接ホームへ。
切符のチェックは車内検札のみです。

コルナヴァン駅や次の乗換駅ブリークともホームに上るのに
階段とスロープの両方がある。
車椅子や車輪のついた荷物を引っ張っている人階段の苦手な人などに優しい。
どちらも古い駅ですが・・・
(ジュネーヴ空港駅は新しくエレベーターやエスカレータ−がある)

車内検札で「スイスパス8日間通用」の最初の日付けを入れてもらう。
昨日空港から一駅乗っているが検札が来なかった。
スイスの鉄道は、国内はもちろんヨーロッパ各地とも国際列車が行き来し、
九州ほどの面積に国鉄・私鉄延べ7000キロと鉄道網が発達している。

乗った列車は1両の車両の半分のところで 透明プラスチックの仕切とドアが禁煙・喫煙の区分けになっている。
昨夕1駅だけ乗った特急列車はオール2階建て座席も広々している。特急料金はかからない。

ライゼゲペック(手荷物配送制度)
荷物は朝駅で切符を見せてチッキで目的地まで送ってもらった。
本人たちの列車と一緒に到着というわけにはいかないが。(10sfr 750円)3日間は駅で預かってくれる。

 ブリークの町と車窓からのマッターフィスバ

イタリアミラノ行きも走っているこの路線 乗り換え駅Brigで下車。2時間ほど昼食と散策で過ごす。
町のすぐ後ろは山が迫り澄んだ空気を感じます。きれいな町です。

ブリークBrig始発の登山鉄道で終点ツェルマットまで1時間半 アルプスからの雪解け水を満々とたたえた
速い流れの川(マッターフィスバ)の谷沿いを走る。
右に左に雪を頂いたアルプスが見え隠れし、時々小さな村が表れたり飽きない車窓風景です。

車内が空くと私は一人座席を移動する。おしゃべりよりも景色が好きだから。
通路の隣に大きな荷物の老夫婦 仲が良くとてもいい雰囲気で、目と目で挨拶した。
つい日本の老夫婦の場合と比べてしまい時々横目でちらちら眺めてしまった。

終点ツェルマットはアルプス有数の保養地です。冬のスキーでも有名。小さい町でガソリン車は駄目。
車やバスは一駅手前の大きな駐車場に止める。交通手段は電気自動車と馬車。その分空気はきれい。

景観を大事にして昔ながらの木造の建物が多く、テラスには花があり観光客いっぱいのきれいな町でした。
夜はチーズフォンデューを食べる。 チーズに白ワインが溶かし込んであり、たくさん食べると酔っぱらいそう。
チーズにパンとジャガイモだけでは栄養のバランスがどうかなと思ってしまう。

毎日乾燥した晴れ。スイスの水は大丈夫と山歩きの水はペットボトルに水道水を補給。水は冷たくておいしい。

ツェルマット

《3日目 8月26日 晴》
ホテルすぐ近く橋の上からマッターホルンがよく眺められる。朝6時半まだ薄暗い。
山の頂上から黄金色が徐々に下がってくる。神々しい・荘厳としか言いようのないマッターホルン。
7時前には全体が染まり、すぐ薄いピンク色に変わった。太陽が昇るといつもの山に。
翌日・翌々日ともそのような黄金色は見ることができなかった。
橋の下は川幅5mくらいの小さい川だが水の勢いはすごい。たまたま自転車が流れていったのにはびっくりした。

シュトックホルン山頂(3532m)に立つ
ツェルマット(標高1620m)アプト式登山電車(43分間)→ゴルナグラート(3130m)ロープウエイ→
ロープウエイ終点(3403m)から、標高差130b 雪の上や岩がゴロゴロの稜線をゆっくり歩いて1時間半で頂上。

つい最近まで雪に覆われていたのでしょう。岩陰で高山植物が今を盛りに咲いている。
3人の山男たちに守られ 天気に恵まれ 軽装でこんな高いところに来られるとはなんと幸運なこと。
両サイドから氷河が見下ろせその向こうに4,634m万年雪のモンテローザなど。
3,500mから眺めた4,478mのマッターホルンは正面に聳えている。写真ではすぐ間近に見える。

シュトックホルンへの道

午後、帰りの登山電車1駅分だけ歩いて下る。高原の下りコースは楽だ。
アルプスの花の季節は7月から8月にかけてと聞いていたのにまだまだ咲いている。

スーパー事情
夕飯は部屋で食べようとスーパーに行く。果物野菜売り場に目が止まる。すべてばら売り。
欲しいだけ袋にとり大き目の計量はかりに載せる→品目別の番号を押す→品目名と単価 グラム 金額の
印刷されたシールが出てきてそれを袋に張る。レジ係りは座って仕事をしている。
客がかごから品物を台に載せる→レジ係りは品物を一つずつ読み取り機械の上を滑らす→
滑り落ちた品物をその場で客が袋詰する。(次の客の品物と混ざらないように仕切りで動く)
原則として買い物袋は持参のようだ。とても合理的。
町の食料店でも袋や包装はない。そして6時には食堂以外の店は閉まる。

《4日目 8月27日 晴》
地下ケーブルで4分一気に2,288mスネガ展望台へ。
更にゴンドラとロープウエイを乗り継ぎウンターロートホルン(3,103m)へ。
男性2人はオーバーロートホルン(3,415m)頂上を目指す。
Tガイドと女性5人は下りのハイキングコースを歩く。このあたりはハイカーは殆ど来ない。
お花畑有り 目線に氷河あり勿論マッターホルンはいつも見えていた。


中央の写真 フィンデルン氷河 右下の小屋でマッターホルンを眺めながらティータイム


ガイドがエーデルワイスを見つけた。 せっかくの貴重な花なのにピントがずれて残念。
3,103mから2,288mのスネガ展望台まで3時間余り 夢のようなハイキングでした。
時間を合わせたように男性二人が山から下りてきた。ケーブル終点の展望台付近はさすが人は多い。

《5日目 8月28日 晴》
9時過ぎの電車でツェルマットを後にする。ジュネーヴ午後着。レマン湖遊覧船に乗り
旧市街を歩きサン・ピエール大聖堂・宗教改革記念碑など見物。でも街より山がいい。

《6日目 8月29日 晴》
午前中は自由行動で午後は帰国の途に。ここジュネーヴの大きなスーパーも驚き。
S夫妻は朝バスでフランス・シャモニ・モンブランへ出発。あと4日間旅を続ける。
下の写真はジュネーヴで一番大きなスーパー「MANORA」の店内写真です。

大きなえび 種類は余り無い。誰が食べるの? パン売り場も広い。その場で作っている。これはピザパンかな 野菜売り場もたくさんある

《留守宅で》

帰宅後包丁の切れ味が違います。 出来合いの弁当や外食の嫌いな夫は、夜7時半に会社から帰ってきて、刺身を買ってきたり、
簡単な料理をつくり味噌汁・きゅうりのぬかみそ・冷奴は毎日食べていたそうだ。
「初日は包丁研ぎから始まった」と言われてしまった。土日は蓼科山へ登山してきたそうだ。
私の旅行には気持ちよく送り出してくれ、文句を言われた事は無い。これにはいつも感謝している。