ネパール・エベレスト街道トレッキング  2005年11月13日(日)〜23日(水)


11月13日(日)晴れ
☆JAL 羽田空港9:00→10:30関空着(福島の方は夜行バスで関空へやって来た)
☆ロイヤル・ネパール航空 関空12:15→上海経由→カトマンズ19;05着 
 3時間15分の時差があり、上海では約2時間 給油の為飛行機から降りていたので、
 実質空を飛んでいたのは8時間くらい。上海乗降の客も多い。
☆カトマンズ空港を一歩出ると照明もほとんどない。旅行社差し回しのマイクロバスで
 約20分「ホテル・バイシャリ」へ。5本指に入るといわれている高級ホテルだが 商店が
 建ち並ぶ狭い路地の奥にあり バスの窓から見た路地にはゴミが散乱していた。
 (翌朝は片づけられていた)
☆ネパールでは日本人経営の現地旅行社が全ての世話をしてくれる。
←インド系ホテル・バイシャリ ロビー


11月14日(月)晴れ トレッキング1日目
☆必要ない荷物を入れたスーツケース・パスポートはトレッキング中ホテル預け。
☆着替えなど入れた重いバックと、自分が背負って歩くバック(水、カメラ、雨具、菓子)に分けて 5時半ホテル出発 国際空港そばのローカル空港へ。 
☆カトマンズ盆地は霧の発生が多く 出発飛行機が飛び立てない、着陸地ルクラの気象条件もあり、2〜3時間待ちは日常茶飯事と言われていたがこの日は珍しく定時出発。
☆6時45分にカトマンズを飛び立った。座席数20ほどの小型プロペラ機 耳栓用の綿と飴をもらう。綿を詰めてもそれほど効果ないし耐えられないエンジン音ではない。
☆上空左窓には、白い雪を頂いたヒマラヤ山脈が美しい。
☆40分のフライトで7時25分「ルクラ」2,850m着陸。
☆飛行機の羽が、両側の山肌に接触しそうな狭い谷間を通ってその先の飛行場、激突しそうな短い滑走路に上手く止まり拍手がわく。目の前に迫る厳しい山肌と寒さ・未知のトレッキングに身が引き締まる。
☆重い荷物を持って歩くこと5分 ガイドシェルパやポーター達と合流するロッジへ。
☆狭い暗い階段を上がったら中庭になっていた。それだけ傾斜地にへばりつくように家が建っているのだ。
カトマンズのホテルで準備してくれた朝食弁当を食べる。(バナナ、菓子パン3種、ゆで卵、ジュース)暖かいモーニングティーが出てほっと一息。

☆9時 いよいよトレッキング出発。
☆ピトンオーナーも山岳ガイドの資格を持つ我々のリーダーですが、日本語会話の出来るアムリットさん サブのディルさん マンさん 3人の現地ガイドがトレッキング中の全ての面倒を見てくれる。
☆我々の着替えのバックや寝袋・日数分のミネラルウォーター・毎日の果物などの荷物は、一人あたり4〜50キロの荷物を背負って、4人のポーターが先行して運んでくれる。
☆我々は苦労しないでもエベレストの懐に入ることが出来るのです。

☆10時3時の休憩には必ずティーを出してくれる。
☆昼食は、景色の良いクスムカングル(6,367m写真左)の見えるレストランの戸外で。注文して出てくるまで1時間半 ビスターリ(のんびり)ネパール時間です。

☆午後3時すぎ、今夜の宿泊地パクディン(2,640m)到着。
☆歩き出したルクラ(2,850m)より高度は低い。第1日目は、7キロの行程。


エベレスト街道
☆ ネパールには、たくさんのトレッキングコースがあります。
☆エベレスト街道は、ヒマラヤ山脈東方ドゥード・コシ川のV字の谷に沿って登り、行き着く先にエベレストベースキャンプ(5,350m)がある。その手前にすばらしい展望のカラ・パタール(5,540m) ゴーキョピーク(4,750m)などがあって人気コースです。

☆街道は、かなり高地まで村々があるので、人や物の流通の為の生活道路です。
☆道幅は、すれ違いが出来る程度 荷役の動物とすれ違う時は山側に避けます。車・自転車の類は全く通りません。自分の足で歩くのみです。
☆道沿いに、村が点在して、ロッジやレストランがあってお茶を飲んだりトイレを借りたり出来る。ガイドも付いているし道に迷って遭難ということはない。日本の山道とは全然違う。

ロッジ
☆日本の民宿のようなもので、街道沿いの集落に必ず何軒かある。
☆食堂にストーブ(薪)があって暖かいが、部屋に暖房はない。
☆2人部屋に木のベットにマットレス・枕があり清潔なカバーが掛かっている。
☆持参(レンタル)の羽毛の寝袋と寝袋用シーツにくるまって寝る。
☆電気は20W位の明るさですが、点かないときもある。ろうそくのところもあった。
 ヘッドランプは必携。
☆ 食事は、ロッジのメニューを見て決めるのですが、ガイド達が調理を手伝い、味付けも日本人向けに香辛料を加減してある。贅沢を言わなければ食べられる料理でした。
油は日本人に合わない場合が多く東京から調理用サラダ油を持ってきている。
☆部屋に戻ったら寝るしかありません。(写真は、2日目モンジョのロッジ)

11月15日(火)晴れ トレッキング2日目
☆パクディン(2,640m)→モンジョ(2,815m) 4.7キロ 
☆高度順応のため 余裕の距離。
☆だんだん谷は険しくなり、吊り橋をわたったり 6,000mの山が見え隠れする。4,000位になると無名峰も多いそうです。
☆PM1時モンジョロッジに到着。Monju Guest House Tibetan(チベット) Restaurant
Solar Hot Shower Fresh Fruits&Vegetables Fresh Applr-Pieなどの文字。
☆庭で昼食後、ガイドさんに折り紙講習する。
☆その庭にエベレストB・C(ベースキャンプ)を目指すイギリスの登山隊がテントを張る。鍋・釜・食料皆持参。

11月16日(水)晴れ トレッキング3日目
☆モンジョロッジを出発してまもなく、村はずれに「サガルマータ国立公園」入り口がある。入園許可書のチェックを受ける。地元の方はフリーパスです。

☆マニ石(自然の岩石にチベット仏教の経文を彫り付けてある)も所々で見かける。

☆深い谷に架かっている吊り橋をいくつも渡った。全ての橋がしっかりした鋼鉄ロープで作られていて安心して渡れる。
☆下左の写真、水面よりかなり高いところに架かっている吊り橋わかりますか。いったん河原に下り(ここからの写真です)吊り橋まで上り、橋を渡るとナムチェ・バザールまで600mの急登がある。

☆大きな荷物を背負ったヤクや水牛もあえぎあえぎ頑張っている。
☆途中、針葉樹林帯が開けたところにこんな美しい景色も見られる。(真ん中の写真)

☆ぐるり 三方を山に囲まれた傾斜地にあるシェルパ族最大の村ナムチェ・バザールに着いたのは、午後1時過ぎ、宿泊のロッジまでは、まだまだ階段(石段)を上らねばならない。

☆2泊する「ソナ・ロッジ」は、土産物屋 ロッジ 郵便局 電話局 インターネットカフェなどメインストリートを通り抜けてかなり上段にある。

☆3日目の歩行 4.7キロ


高山病
☆水分補給とゆっくり歩くことが何よりの予防と聞いていた。
☆一日何杯も紅茶(ブラックティーやミルクティー)を出された。
 @モーニングティーA朝食後B午前休憩C昼食後D夕食後 
☆毎食各種のスープ 
☆毎日1リットルのミネラルウオーター(歯磨きにも使用)
ネパール製のペットボトルはちょっと弱い。すぐ水が漏れそう。日本から持ってきた500mlのペットボトルに移し替えて使用。
☆「水分補給とビスターリな歩き」で誰も高山病の症状は出なかった。

トイレ
☆水洗トイレだった。前のない和式トイレが多く洋式もあった。
☆使用後バケツに入っている水(水栓をひねると水が出る)をひしゃくで流す。
流した先はどうなっているか分かりませんが・・・・
☆そこで手も洗えるし、現地の人は手でおしりも洗うので ペーパーはありません。
☆我々は持参のトイレットペーパーを使い、屑かごに捨てる。屑かごがないときは持ち帰る。
☆原始的なトイレも体験しました。
内鍵のある小屋になっていて、板を渡したその下は、木の葉っぱがたくさん敷き詰められていたので汚い感じはしなかった。

シャワー
☆どこのロッジも シャワー室(有料)がある。ぬるいお湯なので 反って風邪を引きそう。で、誰も使用しなかった。
☆水はあっても燃料が貴重なのです。あまり汗はかかないので入浴しなくても大丈夫でした。汗よりも埃まみれになっていたのです。
☆顔は、メイク落としのウエットティッシュで拭いていました。

荷物運びのポーターさん達
☆ トレッキングの荷物運びや、生活物資を運ぶポーターさん達は、竹で編んだ籠に荷物を入れ、平均50キロくらいを運ぶという。
☆通したベルトは頭に掛けて重量を支えている。
☆履き物は運動靴とぞうりサンダルがほとんど。この山道を裸足の方も!!!

11月17日(木)晴れ トレッキング4日目
☆今日・明日の2日間 2グループに分かれる。健脚組7名とガイド2名は、一足先に出発して エベレストビューホテル経由タンポチェ(3,867m)まで、7時間の行程です。
☆、タンポチェは、毎年11月の満月の日にチベット仏教の盛大なお祭りがあります。
☆250m下って670m登ってやっと着いたと思ったら、まさにその当日 お祭りの為ロッジは満杯。おまけの2〜30分を歩いて次の村に泊まったとのこと。

☆のんびり組4名とガイドのDilu さんは、景色を楽しみながら ホテル・エベレストビューで健脚組と合流。記念写真だけは一緒に写した。 フォトストーリーで紹介したように私は薄い酸素に上りが苦しかったが(膝は悪くないので下りは強い) 3,450m→3,850m→3,600m→3,790m→3,450mと無事ナムチェバザールに戻りました。

☆写真上 シャンポチェの丘で
☆写真下 誰も登ってはならぬ聖山クーンビラの麓にあるシェルパ族の村「クムジュン」広い敷地の2階建て色も統一されゆったりした暮らしが想像される。1階は家畜と物置2階が生活の場のようです。

☆「ソナロッジ」で連泊する。

☆この夜、ロッジの食堂で静岡のグループ8名を率いる「サパナ」の浅原さんに会う。
☆ソナロッジの庭先でテントを張り、外の炊事場で作った食事をロッジで食べる。
☆ネパール栽培の食材でオール和食メニュー テント泊も暖かく快適だという。
試食させてもらったご飯もみそ汁も美味しかった。
☆ネパール20日コースでゴーキョ・ピーク(5,483m)を目指すという。すごい。
我々の10日コースの2倍をかけている。
☆帰国後、サパナのホームページのブログにコメントを入れたら、お返事頂いた。
ネパール渡航47回  ネパールの方以上のネパール通の頼りになるガイドです。


11月18日(金)晴れ トレッキング5日目
☆今日から帰り道。トレッキング2日目に泊まった「モンジョのロッジ」迄歩く。
そして夕方、タンポチェからの健脚組の帰りを待つ。

☆時間がたっぷりあるので、昨日も寄った土産物商店を手編みの手袋・帽子・靴下などおみやげの追加を買ったり ウインドショッピングを楽しんだ。

☆今日は金曜日。毎週土曜日午前は、村の広場で定期市(バザール)が開かれる。そのための品物を担ぎ、ヤクや水牛に重い荷物を背負わせナムチェを目指す人々がどんどん上がってくる。
水牛の肉もむき出しで(写真)かごの中、コーラやジュースを背中高く背負い 粉類 衣類雑貨 あらゆるものを運んでいる。
☆逆方向の我々も すごい埃の中を歩くことになった。誰かが「きなこ街道」と言った。
☆車を使わない物資の交流の貴重な場面に出会ったのです。私たちは帰り道 残念ながら交易の中心地ナムチェの盛大なバザールは見られない。


☆さようなら コンデリ(6,187m) ヌプラ(5,885m) 
ナムチェバザールのはずれから写す。ソナロッジの真ん前に見えていた山です。

☆4時過ぎ、思ったより早く健脚組がモンジョに到着。
さすが普段から山歩きをしている皆さんです。


11月19日(土)晴れ トレッキング6日目 最終日
☆モンジョ〜ルクラ 来るときは、高度順応のため2日かかったのを、1日で歩く。
☆今夜はルクラのロッジで泊まり。食堂で打ち上げ。
ネパール民族舞踊「レッサンピリリ〜♪♪♪」ガイドや地元の方達と見よう見まねの踊りをみんなで楽しんだ。
☆元気に戻ってこられて 感無量。


サブのガイドのディルさん マンさん
☆二人とも22才くらい?なかなかの好青年です。
ナムチェでのんびり組につきあってくれたディルさんは、パソコンをお持ちと言うので、メールのやりとりをしています。
彼の日本語 おぼつかないところもあるし ローマ字のメールなので 意味が通じないところもあります。私のローマ字も通じているのか?
分からない山の名前をメールで聞きました。私のHPは、日本語は文字化けしているかも知れませんが、写真だけはちゃんと見えるようで喜んでくれています。我々のガイドを終えて、今はフランス語を勉強しているそうです。

カメラ
☆オリンパスC-70と前から持っていた京セラFinecam S3の2台のデジタルカメラを持っていった。電力事情は悪いので充電は無理なので、それぞれ予備バッテリーを持っていった。初日の写真が、白っぽく写り せっかくの風景や山の写真が使い物にならない。2日目からホワイトバランスを晴天マークにした。京セラは起動が遅く フラッシュも故障しているが風景はこちらの方が良く写っている。

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