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2013年アカシア会旅行 瀬戸内海・鷲羽山・吹屋の里



=瀬戸大橋・本島(ほんじま)・鷲羽山(わしゅうざん)(10月15日)=2013年10月20日記


「JR瀬戸大橋線に乗って2階展望席」からきらきら輝く瀬戸内海を眺めて高松へ。  
復路は丸亀港から本島経由で瀬戸大橋の下をくぐり児島港へ。
鷲羽山のホテルから海に沈む夕日を眺める というプランが見事にくずれたのは、台風24号の天気のせいだった。

今回の旅行のメインは、高校同級生女性グループの「備中高梁からベンガラの里吹屋へ1泊旅行」の参加です。
「10月16日水曜日岡山駅伯備線ホーム11時集合」ですが・・・
東京から参加する我々3人は1日早く岡山を楽しもうと15日に岡山入りする。

10月15日(火曜日)最寄り駅5時32分発1番電車に乗る
ひかり463号 東京7:03→11:23岡山着(東京も岡山も曇り空)
マリンライナー27号 岡山11:42→12:03児島駅 

台風の前触れ 天気は良くないので四国へ渡るのはあきらめ瀬戸大橋の手前JR児島駅で下車。



<駅から5分の児島港
13時発「瀬戸大橋遊覧観光船」に乗ることも考えたが遊覧時間が45分間で、後の時間をもてあます。
児島港から「本島(ほんじま)」便、朝2本 夕方2本のみしかないが昼間の臨時便あることは知っていた。

瀬戸内海の香川県と岡山県の島々を舞台に開かれている「瀬戸内国際芸術祭」期間中に限り昼間2本の臨時便が出る。

↓ 児島〜本島間の旅客船  ↓  旧野崎浜灯明台 西洋式灯台に変わる前の日本式灯台  ↓ 船乗り場へのアーチ 

児島港13:30分発 出港時から雨が降り出したが、念願?の瀬戸大橋もくぐり 30分の船旅で14時本島港着。

本島(ほんじま)は 備讃海域に点在する大小28の塩飽諸島の中心島。狭い海域に多くの島が点在し、複雑な潮流の中で優れた船を造り、
巧みに船を操るこの海域の人達は「塩飽水軍」と呼ばれ、時の権力者達は朱印状を与えて自治を認めることにより自らの水軍として利用した。
中世から江戸中期にかけては海運業で全国的に活躍し島に富をもたらす。
その繁栄を物語るかのように島には多くの寺社仏閣があり仏像など優れた文化財が数多く残っている。
笠島集落 国選定の伝統的建造物群保存地区。江戸末期から明治期にかけての建物が100棟あまり残されている。
迷路のような町並みに、千本格子の出窓を配した家々や、鬼瓦、こて絵・しっくい塗りの白壁・なまこ壁が連なり、
塩飽大工の技術力の高さを随所で感じさせる。(パンフレットより)


2時間以上時間があったのでしっかりプランを考えて 芸術祭よりも塩飽水軍の歴史を訪ねた方が良かったと後悔。
雨の中 塩飽勤番所は訪れたが、樹齢450年のモッコクも笠島集落も足をのばせなかった。

↓ 塩飽勤番所長屋門 


↓ 木烏(こがらす)神社 戦国時代より塩飽水軍の信仰を厚く得て隆盛した。 境内には本殿、幣殿、拝殿のほか、
拝殿の左前に江戸時代築の常設芝居小屋である千歳座が現存する。右は芸術祭関係なく廃屋?

入場券を持たないので外から見るだけの芸術作品




 本島港16:30→17:05児島港 ホテル送迎バスで「鷲羽ハイランドホテル」泊


15日は雨のため撮れなかった瀬戸大橋 翌16日朝は雨も上がり天気は回復傾向。左はホテル部屋の窓から。右はホテル外で。 


=児島・高梁市吹屋の里(10月16日)=2013年10月27日記

10月16日水曜日

8時30分発のホテル送迎バスで児島駅へ。
約束の時間には早いので運転手さんにお願いして徒歩だと駅から15分の「旧野島家住宅」まで送って頂く。

野崎家旧宅は、日本の塩田王と呼ばれた野崎武左衛門(1789〜1864)が天保から嘉永に築いた民家。
敷地面積は約3000坪・建物延床面積は、1000坪近くある。
本瓦葺の母屋、土蔵、庭園が創建のままに保存されている。



 

昔学生服で有名だった児島がジーンズ産業で今やジャパンデニムとして品質の良さで世界のブランドになっています。
時間も早く店は閉まっていますが野崎家の前の通りは「ジーンズストリート」と呼ばれジーンズ店が連なっています。

JR児島10:22→10:48岡山  岡山駅伯備線ホームで大阪からの一行と再会。
新大阪始発の「さくら」は定刻通りだったが、台風26号の影響で東海道新幹線はダイヤが乱れ 
静岡と京都からの3人は30分遅れたが無事到着。
もし東京からの我々3人が当日乗車だったら果たして岡山に来られたか?前日の岡山入りで良かった!
高校同級生女子会旅行今年は14名参加です。

伯備線 岡山11:41→12:36備中高梁

丁度2年前同じ時期私は備中高梁に下車している。次の列車までの1時間半の 間にレンタサイクルで
高梁の城下町を周り しっかり写真に撮ってきた。その時の記事クリック

その時ベンガラの吹屋へは全く時間の余裕がなく残念に思っていたが、図らずも今回の幹事さんは
岡山在住で今回の旅行会「ベンガラのふる里を巡る旅と平櫛田中美術館」を企画してくれたのでGood!

昼食後ホテルのマイクロバスで「吹屋ふるさと村」各所をめぐる。最初に弘兼邸に寄る。
↓ 弘兼邸全景(2階建ての母屋、土蔵3棟、楼門、長屋、石垣など城郭を思わせる構え 映画「八つ墓村」のロケ地にもなった)
 



↓ 広兼邸は山の中腹に建っている。  小さな坂を登り切ると立派な楼門

↓ 見晴らしの良い庭先からの眺め




=ベンガラ館・吹屋町並み・吹屋小学校(10月16日)=2013年11月3日記

10月16日水曜日

人類最古の壁画といわれているスペインのアルタミラ洞窟の動物の絵にもベンガラが使われています。

ベンガラとは   〔インドのベンガル地方で産したことから「弁柄」「紅殻」とも書く〕赤色顔料の一。
酸化鉄を主成分とし、着色力・耐久性が強い。また人間を含めて生物には全く無毒、無害の顔料です。

主原料は緑著(ローハ)といい、銅鉱採掘時銅鉱脈の近くで産出する。
銅鉱山のあった吹屋はベンガラの原料となるローハの量産化に成功し、高品質のベンガラ生産を手がけ
防虫・防錆・防腐に優れ高級塗料として建造物、陶器、漆器、染色、船舶等に使用されてきた。
ベンガラは吹屋の特産物として全国唯一の生産地で幕末から明治にかけてこの地域に富と繁栄をもたらした。
昔金沢の茶屋町で見たベンガラ格子のルーツ 今回の吹屋旅行でベンガラの歴史や製造を学ぶ事が出来た。



↓ ベンガラ館 明治の頃の弁柄工場を復元 製造方法や資料の展示など。
昭和49年に操業がとまり、最後まで稼動していた工場跡に作られた。このあたりの谷間に4箇所の弁柄工場があった。  


ベンガラの町として全国に知られ賑わった吹屋地区は備中高梁駅からバスで約50分 岡山の山あいにある。
現代の吹屋の町並みは、 ベンガラ格子と石州瓦 赤褐色の商家の町並みは昔のままですが、
その日は平日の水曜日、我々以外の観光客は少ない。「国選定重要伝統的建造物群保存地区」になっている。
電柱のない古い町並みを歩くのは私は大好きです。

 



↓ 銅山の神様を祀っている総ケヤキ造り「山神社」  中央 吹屋郵便局(kさん撮影)   自分へのみやげベンガラ染めマフラー




↓  翌日朝6時半頃の町並み
 
 

標高550mの山間地に、地区110年以上前に建てられた「吹屋小学校」
現役最古の木造校舎として使われていたが 児童数の減少から平成24年閉校となった。
ベンガラで繁栄していた時期に立てられたのでしっかり作られている。
残念ながら中を見ることは出来ない。岡山県の重要文化財に指定されている。


私たちが入学した戦前の小学校はこんな木造校舎だったに違いない。 奉安殿と二宮金次郎像は終戦時2年生だった私達の記憶にある。

小学校の隣運動場を挟んで建っていた中学校の跡地に建っているホテル「ラフォーレ吹屋」近いので夜のライトアップを見に行く。東の空の満月も明るい。