=四国周遊鉄道の旅(1)= 2008年7月4日(金)〜9日(水)

7月4日から四国4県 JR四国の路線をくまなくまわる「旅」をした。 友人と二人旅です。

徳島県


  奥祖谷かずら橋(7月6日土讃線大歩危駅下車)       うだつで有名脇町(7月10日徳島線穴吹駅下車)

高知県

     室戸岬(7月4日バス室戸岬下車 民宿泊)      四万十川三里沈下橋(7月7日土佐くろしお鉄道中村駅下車 タクシーで)

愛媛県

  宇和島郷土料理(7月7日宇和島料理店 さつま・じやこてん・ふくめん・フカなど)  予讃線 伊予灘海岸を走るローカル列車から(7月8日)

香川県

       石垣の名城 丸亀城(7月8日)         7月9日旅の締めくくりは高松友人と一緒に讃岐うどん


 

=四国周遊鉄道の旅(1日目・7月4日)= 

四国へ過去5回出かけているがそのうち4回は夫の運転で車で移動の旅。
今回の四国鉄道旅のきっかけは「JR四国」のホームページから「バースデーきっぷ」3日間乗り放題1万円の超格安きっぷを見つけたことです。
関東からは遠い四国、JR全線乗って 観光もそこそこ楽しみたいと5泊6日の旅を計画する。
旅のプランはガイドブックに載ってない情報もたくさん得ることが出来るインターネットを活用した。

バースデーきっぷは誕生月のみ利用する事が出来る。
私の誕生月7月は 混雑の夏休みがあり又お盆もありで7月10日過ぎたら出かけたくない。
梅雨も終わってないが週間天気予報で晴れが続きそうな7月4日(金)出発と決める。
宿も安くて良さそうな宿をインターネットで捜し 出発前日には全部予約を済ませる。
連れは気心知れたいつもの旅友S子さん。強力な晴れ女二人、出発の日に四国は梅雨明け宣言をし 暑い毎日でしたが雨で苦労することははありませんでした。

第1日目 7月4日(金) 自宅出発〜室戸岬
ひかり363号 東京8:03→11:28西明石→山陽本線乗り換え8分 舞子駅下車 駅前のエレベーターで高速道路上のバス停へ。
バス 阿波エクスプレス59号 高速舞子12:10→JR徳島駅13:28
 明石海峡大橋〜淡路島〜大鳴門橋〜徳島駅 1時間20分 2,900円

JR四国でなければ買えないきっぷを出発地の徳島駅で買う。
★7月4・5日2日通用「徳島・室戸・高知フリーきっぷ」5,500円 牟岐線と室戸岬経由のバスと高知駅までの土佐くろしお鉄道も乗れる。
★7・8・9日の3日間使う「バースデーきっぷ」(保険証の生年月日を見せて)10,000円 同行3名まで同じ金額で買える。
★7月6日使うきっぷは、高知→大歩危間の片道切符と特急券 2,390円を別途購入。

(四国旅行の出発地 徳島駅、眉山もすぐ近くに見える。涼しい駅ビルで昼食。)

牟岐線 特急むろと1号 徳島14:58→16:24海部
牟岐線は、牟岐駅までは昭和17年開通 牟岐−海部間(11.6q)は昭和48年の開通です。
徳島〜海部通して走る列車は1日9本 そのうち特急列車は2本だけで普通列車で2時間半 特急で1時間半かかる。
海沿いに走るように見えるが海が見えるのは終点近くなってからです。


  バースデーきっぷの利用できる路線図(JR四国HPより拝借)      

地図にはないが、海部から先8.5qは平成4年に開通した第三セクター「阿佐海岸鉄道」(国鉄時代の計画は高知までレールはつながる〜〜)
我々の予定は、海部駅16:31→16:42甲浦(かんのうら)駅下車 路線バス甲浦駅16:44→17:34室戸岬に乗るつもりがここでハプニング。
阿佐海岸鉄道は6月30日に列車車庫入れ時の脱線事故で不通になっていた。(7月5日に開通した)
海部から代替え輸送のバスで運んでくれたが 16:50頃甲浦に代替えバスが着いたとき 室戸方面行きの路線バスは既に出発したあと。

「乗客が来るかも分からないのに何で5分間くらい待ってくれないの?」ぼやいているのは我々二人だけ。
他の乗客は地元の高校生達で自転車などで自宅へ散っていった。
次のバスは18時14分、駅のそばに神社があり畑と田んぼに囲まれているが商店もない。次のバスが来るまで1時間以上待つ覚悟を決める。

甲浦海岸は今我々のいる甲浦駅から車で4〜5分離れたところにある。17:21分 室戸から甲浦岸壁行きのバスがやって来た。
バスの終着(始発)は甲浦岸壁です。我々は何もないところで待っているよりも海のそばで待つ方が良いとそのバスに乗る。
運転手さんは海へ行っても何もないよとおっしゃったが、海は穏やかできれい。ここは高知県東洋町です。
この近くの海岸 宍喰海岸(徳島県)生見海岸は風光明媚 サーフィンや海水浴 で知られています。

さて、釣り人2〜3人以外人気のない甲浦岸壁で1時間過ごし 先程のバス甲浦岸壁18:10発の最終バスに乗る。乗客は我々2人。
途中乗客1人を乗せて殆どノンストップで走る。バスの出発が10分位遅かったのは停留所に停まらないことの時間調整だった。
ずっと海沿いに走り夕暮れの海岸線を堪能しながら 室戸岬19時4分着。バス停前の民宿「室戸荘」にやっと落ち着いた。

写真は甲浦海岸 右の写真赤いのは船の桟橋らしい

「室戸荘」を選んだのは、岬の突端の民宿で1泊2食で6.000円は安い。ネットの「口コミ情報」もよかった。
事実おかみさんも気さくで手作り料理も美味しく旅の情報も教えてくれる。トイレは共同ですが、ウオッシュレットだった。
宿泊客は、車で観音巡りをしている夫婦 東京からオートバイの男性 もう1人の男性客と我々。到着が遅かったので、海岸の散策は明朝に。


 

=四国周遊鉄道の旅(2日目・7月5日)= 

第2日目 7月5日(土) 室戸岬〜高知
昨日今日、2日間有効きっぷはJR高知駅までなので急ぐことはない。
吉良川・奈半利・安芸と途中下車しながら室戸半島西海岸を高知へ向かう。

朝5時頃目が覚めると雨が降っている。夜中に降り出した様子。6時過ぎには小降りになったので外に出る。
この場所は室戸岬の最突端、道路際に「中岡慎太郎」像があり、室戸岬灯台は背後の山にある。
国道(55号線)のすぐ下は海岸で遊歩道がある。太平洋の荒波にさらされる岩礁は荒々しいが今朝の海は穏やかです。
すぐそばには亜熱帯植物がうっそうとした森を作っている。1時間弱の散歩に宿で借りてきた傘は必要なかった。

その後も、朝食時間中又降り出し 出発時間(チェックアウト)になると止む・・・何処までも天気は味方してくれます。


ハマユウ・リュウゼツラン・あこう「大小3つの岩に気根をからませ幹を延ばしさも独立したかのように見えますが実は一本の木あこうです」と説明看板

バス 室戸岬8:34→9:08吉良川 
昨日と違って室戸半島西海岸沿いは高知に近いだけ集落・町も多く乗客の乗り降りも多い(主に高齢の乗客や高校生)。
「重要伝統的建造物群保存地区・吉良川」古い建物を見るのが好きな我々は、途中下車し次のバスが来る迄の1時間町歩きをする。

吉良川の町 古くは近隣の豊富な山林資源 木材や薪を京阪神に移出し繁栄する。
明治に入って木炭の生産が始まり良質の吉良川炭(備長炭)の移出 帰りの船は日用品など積み帰り京阪神の文化も取り入れられる。

水切り瓦 台風銀座といわれる室戸地方 強い雨風から家屋をまもるために、土佐独特の工法が発達した。壁面がひだのようになっているのは、水切り瓦の小さな庇(ひさし)は壁面へ直接雨がかかるのを防ぎ(水切り瓦という)漆喰の白壁を長持ちさせる。建物は明治・大正期に建てられたものが多い。

土佐漆喰  漆喰も土佐独特で、のりを含まないので雨水に耐性があり厚塗り可能 きめも細かい。
町並みの写真を取るのを忘れたが、格子の家が多く落ち着いた雰囲気です。お遍路さんが1人歩いていたのは町並と似合っていました。

いしぐろ 台風などの強風から家を守るためにいしぐろと呼ばれる石垣塀を築いている。玉石や半割石を積み重ねている。
石塀は各地で見られるが面白い石の積み方です。

バス 吉良川10:08→10:31奈半利   バスは安芸経由高知行きですが 奈半利で下車 
奈半利は「土佐くろしお鉄道」の始発駅(終着駅)高架線路はここで切れている。 奈半利も古い建物が残っていて 駅近辺を散策する。
昼近くなったので駅の物産館で山菜炊き込みご飯 漁師の駅(魚直売)でぶり・キビナゴの刺身を買い、店の前のテーブルで昼食とする。
駅といっても人の目も気にならず旅の途中だな〜という実感。どちらも美味しかった。

土佐くろしお鉄道(第三セクター) ごめん・なはり線HPから

平成14(2002)年7月1日に開業した土佐くろしお鉄道「ごめん・なはり線」。南国市後免から安芸郡奈半利町までを結ぶ42.7キロを開通させるまでの道のりは長く、工事着工から開通まで実に37年もの年月がかかりました。
後免から室戸岬をまわり徳島県の牟岐線と結ぶ、国鉄阿佐線計画が浮上し、調査を開始したのは昭和32年のこと。昭和40年から安芸―田野間で工事が開始されましたが、昭和56年に国鉄再建法のため工事が中断してしまいます。
その間には、この路線とほぼ同じような軌道を走る土佐電気鉄道の安芸線(後免―安芸間)も、モータリゼーションと競合する鉄道の出現に、昭和49年3月に廃線となっていました。そしてこの時から平成14年まで、高知県東部は鉄道のない時代が続いたのです。
しかし、地元住民や自治体の熱意により昭和63年に工事が再開。地方開発線(A線)と地方幹線(B線)の要素を持つ、AB線として建設された最後の路線がようやく開通したのです。

20の各駅すべてにキャラクター人形があり奈半利駅は「なはりこちゃん」次の田野駅は「たの いしん君」安芸駅は「あきうたこちゃん」などイメージキャラクターがある。(高知出身やなせ たかしさんデザイン)
我々の乗った車両は、くじらをイメージした車体に「ごめん えきおくん」 以下のキャラクターが描かれていて、車体海側には展望デッキがついています。(2002年開通だからこの路線は駅舎も新しい。電車は高架を走り ホームは高いところにある)

奈半利駅12:05→12:25安芸駅  安芸駅も大きな物産館「ぢばさん市場」がある。ロッカーやレンタサイクルも完備
出身者に「岩崎弥太郎」生家は遠くて行けなかった。「弘田龍太郎」市内各地に歌碑(鯉のぼり・浜千鳥・叱られてなど)がある。

お目当ての「野良時計」「土居廓中」観光案内所で聞いたら遠いですよといわれた。
車で5分 歩けば2〜30分それくらいなら歩けると荷物をコインロッカーに。

朝の雨は何処へやらカンカン照りで周りは水田、タバコ畑、野菜ハウスのアスファルト道 折りたたみ傘を日傘にして歩きました。
駅前歌碑の写真は12時31分 野良時計の写真が13時に記録されているので炎天下30分くらい歩いたことになります。

やっとたどり着いた野良時計 手入れが行き届いていてきれいでした。早速そばの古いお屋敷を利用した喫茶・食事処で休憩。(野良時計の持ち主の親戚の方がやっている)今は時計の世話をする方が亡くなって動いてないということ。
土居廓中(どいかちゅう) 安芸市土居地区に残る武家屋敷が並ぶ町並みのことです。廓中も少しは歩きましたが、もっと見てみたいというよりもっと涼しいところで休みたいという気持ちの方が強くて、今度暑くない季節に再挑戦しようと思いました。帰りはタクシーで駅に戻る。  

安芸駅14:26→15:18高知駅 冷房の効いた車内 思わずうとうと眠ってしまいました。

高知駅 とてもきれいな駅舎と思ったら2008年2月高架化され駅舎も新しくなったということです。駅前は整備中でした。
ホテルタウン駅前 高知はビジネスホテルが多く競合しているというか全般に安い。
駅から近い・安いというのがいつもの条件で友人とビジネスホテルに泊まるときはシングルを頼んでいる。
駅から3分。宿泊プランにカレーと野菜サラダ付き(夕食)4,200円という安さいプランがあった。朝食は、100円で厚切りトースト 卵サラダコーヒー付きだったので1泊2食4,300円という安さ。ベットはセミダブルで広かった。
一休みして、はりまや橋・高知城と歩く。暑いのによく歩いた一日でした。8月の「よさこい祭り」はもっと暑いことでしょう。

幸運の城 高知城(高知城HPより)

関ヶ原戦の功績により徳川家康から土佐一国を拝領した山内一豊は、慶長6年(1601年)大高坂山に新城の築城工事を始め、慶長8年(1603年)に城の大部分が完成、入城しました。
享保12年(1727年)城下町の大火で追手門以外の城郭のほとんどを焼失しましたが、宝暦3年(1753年)までに創建当時の姿のまま再建されました。
その後は、自然災害や明治維新による全国的な廃城の嵐、太平洋戦争など幾度となく襲った危機を乗り越え、「南海道随一の名城」と呼ばれる優美な姿を残しています。
平成15年には、築城400年、再建から250年を数え、本物の城の持つ偉容が訪れる人々を今日も歴史のロマンに誘っています。


 

=四国周遊鉄道の旅(3日目・7月6日)= 

第3日目 7月6日(日)
高知〜大歩危〜奥祖谷〜阿波池田


朝食前の散歩・高知の日曜市に出かける。
朝から「もや〜っ」と今日も暑そう。
昨日歩いたお城の通りにテントのお店がずらりと・・・
生鮮品を買うわけにもいかず15分くらい歩いて引き揚げる。

バースデーフリーきっぷは明日から3日間なので、今日乗る「土讃線高知→大歩危」を普通料金で購入(乗車券・特急券2,390円)

JR土讃線 南風8号 高知9:12→10:01大歩危
大歩危駅で阿波池田から来る定期観光バスを待つ。

★四国交通の定期観光バス 東祖谷コースは阿波池田を10時に出発 大歩危駅10:40〜昼食も含めて7時間の行程〜阿波池田バスターミナル17:40帰着予定 
昼食代込み料金 6,300円(阿波池田から乗らなかったのは、バス代は同じでもJR運賃が余計にかかるから)


高知の日曜市300年の歴史があり朝5時〜夕方まで(10月〜3月は6時から)開いている。右は、土讃線車中から。山の中腹の家が目立ってくる。

ネットで奥祖谷を訪れる定期観光バス「東祖谷コース」を見つけたときはうれしかった。
「西祖谷コース」は15年以上前、倉敷観光のついでにかずら橋に行きたくて瀬戸大橋を渡り阿波池田からボンネットバスに乗った。
スリル満点のかずら橋を友人達と大騒ぎして歩いたのは忘れられない思い出です。その時の通行料金は100円(現在500円)次々人が来るので一方道通行だった。今回はそれより30キロ奥にある二重かずら橋を渡れるのです。

東祖谷コースは今年からの運行 それも土・日・月の3日間だけだったので 日程もそれに合わせたのです。
(高松在住のメーリングリストの友人とも大歩危駅で待ち合わせし3人でバスに乗りました。)
マイクロ・ボンネットバス 阿波池田からの乗客3人と我々3人とガイド計7人の一行です。

大歩危峡も西祖谷のかずら橋も通過です。途中から道は狭くなりすれ違いは大変ですが、対向車も殆どありません。
12時「東祖谷いやしの温泉郷」で昼食私達3人はおしゃべりに夢中でした。
午後は→案山子の里→奥祖谷二重かずら橋・野猿→「落合集落」展望→東祖谷民俗資料館→阿波池田


農作業をしている皆さんは「かかし」等身大様々な人形が、ひなたぼっこをしていたり、車に乗っていたり、バス停留所に座っていたり・・・町おこしの案山子達です。

バスは1日コースでしたが、3〜4人集まれば大歩危駅のタクシーを利用するのが良いです。曜日・時間関係なく利用出来ます。
二重かずら橋(2本あってめおとかずら橋といわれている)は、ガイドブックによると「西祖谷より高いところに架かっており訪れる人も少なく秘境と言う感じ」と。
実際、訪れる人も少ないので何度も橋を往復出来たし野猿(箱に乗り自分で綱をたぐり寄せて対岸に渡る・人力ロープゥエイ?)にも乗った。
2つのかずら橋は徒歩2〜3分と近いです。
ワイヤーにかずらをからませたロープでしっかりしていたし足元の木も隙間が少なく安心して渡れます。その反面スリル満点とはいかなかった。
今年春からの定期観光バス運行に合わせて、かずらを架け替えたそうです。
私は最初は手すりにつかまっていたがそのうち手すりを持たないで歩けるようになったのはバランスがいいのかな?

忘れられない風景は、山の中腹に立っている家々です。それも半端でない高いところです。集落もありますが点々と一軒家も多く見かけます。
祖谷地方独特の光景です。
写真の「落合集落」は、2005年に国の重要伝統的建造物に指定されました。江戸の中期から明治期にかけて造られた斜面に建つ民家や石垣は、独特な工夫があり歴史的価値が高いもので、指定を受けた中では最も急な斜面にある山村集落です。
我々は対岸から眺めただけですが、古民家の復元工事も始まり完成後は観光施設になるようです。
東祖谷民俗資料館には 平家落人伝説の品々がたくさん展示されていました。

今夜の宿は「あわの抄」丁度バスが宿の前に横付けしてくれた。高松の友人とはそこでお別れ。
元簡保の宿だったそうで建物はそのまま、吉野川を見下ろす高台にあり 2食付き7,950円  温泉も部屋からの景色も良く食事もまずまず満足。


 

=四国周遊鉄道の旅(4日目・7月7日)= 

第4日目 7月7日(月)
「あわの抄」〜阿波池田駅 15分 バス代240円
土讃線 南風1号 阿波池田8:27→高知→窪川→11:30中村

今日から3日間は「バースデーフリーきっぷ」を使う。JR四国内3日間特急もグリーン車も乗り放題1万円のきっぷです。
観光しながらたくさんの列車に乗るから忙しい。(特急南風にグリーン車が連結されていたのを知らなかった。悔しい!!)

高知平野は、早期栽培米の水田が多く成長した稲のひときわ鮮やかな緑が印象的で、8月には稲刈りだそうです。
土佐湾の海が見えるのは高知駅から1時間も先(須崎〜)です。下の写真2枚はくろしお鉄道土佐白浜あたりの車窓から。
窪川から先は「土佐くろしお鉄道」に乗り入れです。四万十川下流の中村は、土佐の小京都といわれています。

初めの予定では、11時30分中村着 四万十観光協会の「沈下橋巡り観光タクシー」
(一人2,000円 中村駅〜赤鉄橋〜佐田沈下橋〜三里沈下橋〜安並水車〜中村駅 1時間コース)
中村2時間滞在後窪川に戻って予土線に乗って宇和島へ。
中村13:25→13:59窪川 予土線 窪川15:02→16:00江川崎 江川崎近辺の沈下橋を散策
江川崎17:50→19:00宇和島着の予定だった。
(JR予土線 窪川〜宇和島76.3kmのうち37キロは、清流四万十川の中流に沿って走っている)

「沈下橋巡り観光タクシー」は乗り合いタクシーですが 客は我々二人です。
運転手さんと話ししているうちに「川沿いに沈下橋を幾つか見て江川崎に行ったらどうですか(追加料金一人3,500円で)」というお誘いがあった。
「列車から眺める四万十川沿いの景色はあきらめなければなりませんが、このままタクシーで乗って行くのも面白いし時間も節約できる」ということで四万十川に沿って途中の沈下橋に立ち寄りながらタクシーで江川崎まで行きました。

一番下流にある「佐田沈下橋」は中央に車のすれ違いが出来る場所がありますが、それ以外は対岸から車の来ないのを確かめて渡らなければなりません。

沈下橋とは(wikipediaより引用)
橋の上に欄干が無く、水面からの高さが高くないことが特徴である。
これは、増水時に、橋が水面下に没するようになっており、流木や土砂が橋桁に引っかかり橋が破壊されたり、川の水が塞止められ洪水になることを防ぐためである。
また、壊れても再建が簡単で費用が安いという利点もあり、 その構造から建設費が安く抑えられるため山間部や過疎地などの比較的交通量の少ない地域で生活道路として多く作られた。
しかし現在では山間部でも広い道路や本格的な橋が造られること、また慣れているはずの地元住民といえども転落事故が絶えないことから、徐々に姿を消しつつある。四万十川は支流も含め47個所ある。





タクシーのおかげで日本最後の清流といわれる四万十川の悠久の流れを身近に感じる事が出来ました。(中流 勝間沈下橋近くの風景)

午後2時には江川崎駅に到着。駅隣の売店で菓子パンとアイスクリームの昼食。
予定より3時間も早い時間ですが、窪川を往復してくる時間はない。12時39分の次の列車は16時52分なのです。
宇和島行きは、14時21分発 もちろんタクシー運転手さんはそのことを念頭に置いて車を走らせてくれたのです。
(宇和島行き1本前は10時58分発 後は16時30分発)


江川崎駅に到着する宇和島行き 広島からの旅行者2名と我々乗車。  しばらく四万十支流の川沿いを走る。この橋は手前の方が壊れていた。

予土線 普通 江川崎14:21→15:25宇和島
予定より3時間半も早く宇和島駅近くのビジネスホテルに到着。(1泊朝食付き4,700円)
外は暑く散歩する気分ではないし・・・・予定にはなかった大洲まで出かけることにした。
涼しい特急に乗って45分 夕方の大洲滞在2時間半 また特急に乗って宇和島まで戻ってくる。
「時間を無駄にしない 予定外のところにも行ける」自由旅行の醍醐味です。

予讃線 特急宇和海18号 宇和島16:03→16:46伊予大洲
駅からタクシーワンメーター 大洲の観光スポット「おはなはん通り」で下りる。
徒歩の範囲で 明治の町並み・肱川・赤煉瓦館・大洲城とまわる。
以前車で来たときは城趾だったが、平成16年に復元された立派な大洲城があります。
帰りも駅まで徒歩20分はつらいのでタクシーを呼ぶ。

特急「宇和海19号」 大洲19:23→20:05宇和島
宇和島に戻ってから 駅近くの郷土料理店で遅い夕食。前に来た時「鯛めし」を食べたので
「鯛の刺身」「さつま(焼き魚と麦味噌をすり合わせた汁を麦飯にかけたとろろご飯」「ジャコ天」「ふくめん」「ふかの湯ざらし」
などセットの定食を食べる。
※宇和島の鯛めし(鯛の身を三枚におろし、醤油、みりん、玉子、ごま、だし汁で調味したタレに漬け込み、そのタレごとそのまま熱いご飯にかけて食べます。生の鯛を使った、全国でも宇和島にしかない独持な食べ方です)


お城は下から眺めただけでした。 大洲のシンボル肱川(ひじかわ)鵜飼いも有名 屋形船が出番を待っている。冬の「肱川あらし」はニュースでよく見る。
明治34年建てられた赤煉瓦の銀行 今は資料館 屋根が和瓦で和洋折衷というのもめずらしい。


 

=四国周遊鉄道の旅(5日目・7月8日)= 

第5日目 7月8日(火) 宇和島〜内子〜丸亀〜琴平
一夜明けた宇和島はもやっと蒸し暑い曇り空だった。
昨日宇和島に着いてから宇和島城は何処にあるのか分からない。というか駅近辺からは見えなかった。
朝起きて町の地図を見たら意外と近そうなので朝食前の散歩に出かける。

商店街を通り抜けホテルから10分弱のところに「桑折氏長屋門」が移築されていてこの門をくぐると城山登山口です。
周りはうっそうと木々が繁って城は全く見えず、薄暗く急な石段の山道になっている。
上るにつれてラジオ体操が聞こえてくるので人はいるらしい。
海抜90mの城山にある三重三層の天守は1,660年再建当時のままの姿で残っている。宇和島港も眼下に見えた。
お城登山は朝食前の足慣らしに丁度良かった。

予讃線 特急宇和海6号 宇和島8:38→9:37内子
内子に着く頃は太陽がぎらぎら、内子の古い町並みの一番奥まで徒歩20分以上かかるところをタクシーに運んでもらった。
明治時代に木蝋(もくろう)で栄えた商人の町 漆喰壁や紅殻格子の町並みは観光客もなく明治にタイムスリップしたよう。
木蝋資料館となっている「上芳賀邸」に寄り「大森和蝋燭屋」で昔ながらの手作りのろうそくの工程を見たり、
「本芳賀家」の建物や庭を見学したりゆっくりと歩いて駅の方へ戻る。
大正建築の本格的な地方歌舞伎座「内子座」、以前入ったことはあるし 相棒は入らずとも想像は出来るというので
そばの喫茶店でアイスコーヒーを飲んで列車の時間まで暑さをしのぐ。

木蝋とは(内子町看板より引用)
蝋は、櫨ハゼ(ウルシ科)の実を蒸してこれを圧搾し、絞り出された脂である。
蝋絞りは、江戸中期より行われていたが、当時は漂白のすべがなく本芳賀家の祖先が蝋をさらす技術を開発し良質な白蝋(漂白した木蝋)が生産され始めた。
維新後白蝋の用途は急激に広がり明治12〜3年頃は最盛期で国内・海外にも販路を広めた。
内子には二十数軒の蝋屋があり町の経済文化の主流をなした。
電灯の普及や石油製品が普及し始めた大正時代以降は、蝋の需要が減り、内陸部という悪条件が重なり徐々に衰退していく。

木蝋の用途 ろうそく・鬢付け・ポマード・潤滑油・つや出し・薬品・石けんなど


なまこ壁と黄色みを帯びた漆喰壁。右は、棟木を風雨から守るために取り付けられた懸魚(けぎょ)本芳賀家の懸魚は漆喰を使った鏝絵(こてえ)

内子から松山までは特急で26分(新線の内子線経由)と近いのだが、我々は一旦大洲へ戻り予讃線の浜回り線に乗って2時間かけて松山に行く。

宇和海7号 内子11:47→11:56伊予大洲
浜回り線 伊予大洲12:10→13:17伊予市13:34→13:50松山

伊予大洲から1両編成ワンマンカー 初めは乗降客もあったが、中間の伊予長浜駅まではご覧のとおり。
大洲を流れている肱川の河口まで線路と併走 伊予長浜駅からは伊予灘をすぐそばに見ながら走るローカル列車です。
伊予市駅で内子線と合流 もう松山も近いです。


左の写真 この車内で内子のスーパーで買った弁当を食べる 窓の外は肱川。      逆光ですが広々とした伊予灘 「夕日が沈む風景は素晴らしい」と。

松山市内は見所いっぱい、次の機会にゆっくりまわる予定。今回は改札を出て古い歴史を感じる駅舎を見ただけです。

予讃線 特急しおかぜ22号 松山14:26→16:26丸亀
さすが四国の幹線 岡山行きの特急は、今まで乗ってきた列車に比べたらかなり混んでいる。お遍路帰りの方たちも見かける。
今治・西条・新居浜・・・と左に瀬戸内海 右手に田園地帯と四国山脈を走る。ほぼ満席でした。

丸亀駅下車 コインロッカーに荷物を預ける。
標高66mの亀山に築かれ 石垣の名城として有名な「丸亀城」は駅から10分の距離。
下から見上げた石垣とお城はとても優美でした。丸亀市内全域・丸亀港・讃岐富士の姿もよく見えました。


特急 南風19号 丸亀17:45→18:04琴平
この列車で初めてグリーン車に乗る。今まで自由席普通車でらくらく座れていたので、グリーン車のことは気にもかけていなかったが、
「土讃線 南風」「予讃線 しおかぜ」「マリンライナー」瀬戸大橋線を渡る列車ににグリーン車連結されていたことに後で気付く。
また、丸亀に泊まりたかったが安く泊まれる宿がなかったので、琴平の「サンウエルコトヒラ」3,500円に決める。
コンドミニアムでワンルームマンションの一室というところ。タオルあり浴衣無しで、キッチン付き 風呂も部屋もビジネスホテルより広かった。

部屋に落ち着いたのは午後6時半。 今日も暑い1日だったが 殆どの時間冷房のきいた列車に乗っていたので体力は残っている。
まだ明るいので近くの金比羅さんへの石段を登る。中学卒業旅行の時から数えて4度目の金比羅参りです。
早い店じまい石段両脇の店は殆ど閉まっていた。この後 遅い夕食 食事処を捜すのに苦労した。


 

=四国周遊鉄道の旅(6日目 7月9日)= 

6日目 7月9日(水) 四国旅行最終日
琴平〜阿波池田乗り換え〜徳島線〜穴吹〜徳島〜高徳線〜高松〜瀬戸大橋線〜岡山〜大阪

土讃線 南風1号 琴平8:04→8:27阿波池田下車

駅で買った菓子パンと牛乳を車内で朝食とする。わずか20分位ですがグリーン車に乗りました。
琴平からまもなく四国山地を越え徳島県に。
列車は徐々に高度を下げていくが吉野川のゆったりした流れを眼下に見ながら走る風景は印象に残りました。
土讃線は、阿波池田から高知・窪川方面へは2日前に乗っているので私の中ではこれで1本につながったという気持ちです。

徳島線 剣山4号 阿波池田8:33→9:05穴吹
2両編成でグリーン車は連結されていません。ほぼ吉野川に沿って走りますが時々川が見える程度です。
穴吹で途中下車。うだつのある町並み脇町へ向かいます。駅からタクシーで10分 阿波藍の集散地であった船着き場公園で降りる。
藍商人の町 脇町(Wikipediaより)
「江戸時代には、藍づくりが阿波の代表的産業として急速に広がり、陸上交通と水運に恵まれた脇町は藍の集散地として栄え、各種の商人達はその繁栄ぶりを顕示するように豪勢な「卯建(うだつ)」をあげた町屋を建てた。その後鉄道が吉野川の対岸(穴吹町)に開通し、産業の中心が対岸に移ったことで歴史的な建物が残ることになった。」



まだ観光客のまばらな時間帯、静かな通りを歩きました。うだつ・むしこ窓・格子作り 当時のままの建物に歴史の重みを感じます。

帰りのタクシーは すぐそばにある吉野川の沈下橋(徳島では潜水橋)を渡って穴吹駅へ戻ってくれました。

徳島線 剣山6号 穴吹11:57→12:36徳島
出発が徳島だったので四国を一周したというところですが、高松・徳島を結ぶ高徳線がまだ残っています。

高徳線 うずしお16号 徳島13:30→14:36高松
レンコン畑などの田園風景・山岳地帯もあり・海岸線もあり最後は屋島・高松と変化のある車窓でした。
高松では再び迎えてくれたメル友Y子さんの案内で屋島の「わら家」さんで讃岐うどんをご馳走になりました。
短い滞在時間でしたが四国一番の都市高松の雰囲気も味わいいよいよ四国ともお別れです。

瀬戸大橋線 マリンライナー48号 高松16:39→17:33岡山
バースデーきっぷは岡山県児島まで有効なのでグリーン車に座りました。坂出で再び讃岐富士を眺め、間もなく瀬戸大橋線に。
四国旅の締めくくりに 2階席から夕日に輝く瀬戸内海を眺められたのは最高 良かった。

山陽新幹線 のぞみ42号 岡山17:49→18:35新大阪
新幹線のぞみは満席で いつ乗ってもゆったり座れた四国の鉄道に比べ「旅」の世界から現実に引き戻された気持ちになりました。
5日間一緒に旅した友はそのまま東京へ。私は実家で1泊するため新大阪で下車。


坂出付近から讃岐富士         瀬戸大橋線から         岡山駅で撮影JR西日本レールスター