=越中八尾・おわら風の盆= 2007年9月3日

9月3日 越中八尾の「おわら風の盆」最終日に友人達と出かけたた。 高校同級生K氏は風の盆が好きで毎年八尾へ通い続けている。
その関わりで「古希記念 東西交流同窓会」という名目で同窓生たちに呼びかけたら関東・関西から25名が集まった。
2度目3度目の方もいたが私同様「一度は見てみたい」という方が殆どです。
K氏懇意の民家にお世話になる。夕方明るい内に、資料館と踊りの舞台となる町を歩き地形を把握する。

最終日となる3日目には、 午後7時から11の各町で町流し・輪踊りがはじまる。
この日も午後11時までとされているが、おわらの終わりを惜しむかのように、各町の地方と踊り手たちは明け方までおわらを続ける。

私達も10時頃まで仮眠をとって夜中11時頃から町に繰り出した。深夜の踊りを知っている観光客で道路は人であふれている。
町毎に衣装が違い 踊る時間もまちまち、いつ始まるか待ち時間も多かった。写真の諏訪町は規模も大きく見応えがあった。
最後に見た天満町は朝5時半頃まで続いた。
哀調漂う越中おわら節の旋律・ 寂しげな鼓弓の音色・優雅な女踊り・勇壮な男踊り しばらく脳裏に焼き付いている。



写真は、フラッシュ禁止の諏訪町の流し この写真は高感度一眼レフデジカメで撮った方の写真をお借りした。

以下は、K氏の文章を引用させて貰う。
『確か10年程前の事、直木賞作家・高橋治の「風の盆恋歌」を読んでから是非一度「おわら風の盆」を観てみたいと思い越中八尾を訪れた。
二百十日(9月初旬)の夜、街の各家軒先の「ぼんぼり」の薄明かりのみで、静寂の中に哀調を帯びた「胡弓の音」・「三味線お囃子」に「越中おわら節」を吟ずる歌い手と若い「男・女」の踊り手の草履の音だけが響き、秋風が肌に感じさせる深夜の光景。
当初は見物人も少なく私のような写真を撮るシャツターの音も気になるくらいであった。以後その虜になり毎年訪れている次第。
しかし、その後テレビの放映と歌手石川さゆりの「風の盆恋歌」で一層知れ渡り今や9月1,2,3日の3日間で15万人の人出となり、深夜に街の民家の軒下で寝袋で仮眠をする光景も多く見られる。』

* 3度目訪れた友人は、たくさんの町の踊りを見ている。初心者の我々は、人出の多さに驚きうろうろする場面が多かった。
* 夜が更けてからは徐々に人も減りゆっくり見られた。何年ぶりかの徹夜です。
* 八尾駅の駅員さんの話では、1日・2日が土・日だったこともあって今年の人出は新記録。18万人?
* 最終日3日目は、平日なので人出は少ない方とのこと。観光客の多くは熟年世代。
* 観光バスツアーは離れたところの宿泊のため11時頃には引き揚げる。
* 最近「ほったらかしツアー」というのがあって、宿泊しないで朝までどうぞ というのもあるらしい。
* 各町内毎 ライブで見られる踊りと演奏と唄は素晴らしく、多くの人を引きつける。しかし見に行くエネルギーも大。


=新穂高ロープゥエイ展望台・笠ヶ岳= 2007年9月4日

おわら風の盆の翌日(9月4日)は、希望者10名で奥飛騨へ。
「穂高荘 山月」は高級旅館、10人の団体・道路に面した部屋ということで14,800円とやや手の届く宿泊料金でした。
新穂高温泉の柔らかい湯と豪華夕食で 風の盆の疲れを癒やす。

9月5日(水)東京は大雨が降っているというのに、こちらは晴れのよい天気。
標高1,117mの新穂高温泉から2,156mの西穂高口に至る3,200mの「新穂高ロープゥエイ」は最高の展望だった。
西穂高岳(2,909m)はここから3〜4時間の本格登山。(以前観光で来たときは霧で何も見えなかった)
展望台から一番目立った山は笠ヶ岳。百名山の一つで笠の形をした端正な姿です。
この山に登るには新穂高温泉からただひたすら7時間位かけて登り続けなければならないそうだ。
パノラマ写真になると小さいが、麓の「上宝村」からもよく見え霊山としてあがめられている。
崩落の跡もあり 下の方には砂防ダムもいくつか見える。