失うものが最近とても増えた気がする。
私は瞬間的な感情表現が上手い分、
慢性的な思いを伝える術に疎いものだから。
例えば悲しい出来事を誰かに預けたりすることが出来なかったり、
押さえていた感情が噴き出すことが許されなかったりするのかもしれない。
それは固い固い蓋を一生懸命開けようとしている時。
その喪失感は私の握力をいとも簡単に諦めさせる。
それは風の強い夜に不幸な人のニュースを聞いた時。
その焦燥感は私の偽善と長所の間であるべき感情を鈍らせる。
それは眠れない夜が私の健康を蝕もうとする時。
その敗北感はまるでその種の逃げを何ひとつ躊躇わすことも出来ずにいる。
私は失っているんじゃない。
恋愛をする度に幾つも意識的に捨ててしまっているんだ。
そして自ら捨てたものを、懐かしんでは惜しんでいる。
何て酷い人だ、何て愛しい人だと、私は今日も、何度でも。
なら何故捨てた。傷つかない為に。
なら何故苦しい。心を殺すから。
情熱、愛情、嫉妬、夢。
きっとそれらは、本当は必要なものだったはずなのに。
「空はどこに行っても青いということを知る為に
世界を回ってみる必要はない。」
わかってる。そんなことは、わかってるんだ。
私さえそこでそれを感じることさえできる自分でいられるのなら、
真実はこの手と目にいつだって。
空が落ちる。
同時に私は手に入れる。
一番欲しかったものへ辿り着く地図や、心だけが知る本当の青を。
それを成し得たあなたを、強く想う。