ひめごと雑文祭参加作品

 

今日、足の付け根を切った。
怪我をしたわけではない。自らカッターをシュルリと滑らせたのだ。
じわりと滲み出る血液が、ショーツの脇を縦一文字に汚して塞き止められる。
私はまるでその血液の成分を理解するかのように長い間じっくりと見つめ続け、
いずれそれが止まると、また深い自己嫌悪に悩まされた。


私は先月で15歳になったというのに、未だ初潮を迎えていない。
他の子はもうとっくに「女」になったというのに、この体はまるでびくともせず子供のままでいる。
もしかして私にはどこか欠陥があるんだろうか。
毎日そんな事を考えていると、人間恋だの愛だのからは自然と遠ざかってしまうものらしい。
そんな風に、今しかないこの青い時間を
私は生意気にも不毛だと感じながら、毎日生きていた。

「逆にいいじゃん。妊娠しないし」
幼馴染の弥生はいつもこうだ。
悩みなんかないわと軽く言ってのける弥生は毎回これの繰り返し。
人より少しばかり図々しく、そして猫のような空気をまとう彼女は、決まってこう続ける。

「美和、アレってね凄くいいんだよ。あんないい事早く知らなきゃ損だよ」
「あんたの表現って卑猥」
「あら。卑猥だなんて褒め言葉使われたの初めて」
「卑猥な15歳ってのがいいんでしょ。あんたの高校生の彼氏は」
「ねぇ知ってる?ハムスターってね交尾することで排卵するんだよ」
「どういう意味?」
「試す事に意義があるって意味。好きな人ぐらいいるんでしょ?」
「別に」
「大丈夫。美和にもチャンスあるって。ま、遠い話になりそうだけどね」

弥生は含み笑いをして何か想像に耽っているようだった。
きっと彼とのいい事でも思い出してるんだろう。

しかし言われてみれば一理はある、と私は思った。
生理というものはホルモンバランスと密接していると授業で聞いた記憶がある。
受精していない子宮が生理現象を起こす。
受精するような経験をした体としていない体とでは何か違いがあるんだろうか。
頑なに子供を作る事を許さない体に刺激を与えれば、子宮は女として機能しだすんじゃないだろうか。
私は何か重要な法則でも発見したかのような感情に捕らわれた。
そうだ。私の体に欠けているのはきっとそれなんだ。
そう真剣に思いこんでしまうほど、私のその悩みというものは根深く
そして何より深刻なものだったのだ。


私が和則を誘い出すのに、躊躇や苦労など必要なかった。
実際私は彼の男特有の視線にずっと以前から気付いていたし、
その視線を向ける彼には、私を拒める程の自制心なんて無いと肌で感じていたからだ。
なのに私には「彼を利用する」という程の余裕など微塵もなかった。 軽い眩暈が襲う。
ただ私の足の付け根にある、あのどす黒いコンプレックスは、
そんな余裕のない経験すら塗りつぶしてしまう程に、膿んでしまっていたのだろう。

「お前って見た目と随分違うのな」
「そういうのが好きなんでしょ。男の人って」

和則は私の唇を塞ぐと、スカートからYシャツを引っ張り出して、その隙間へと手を忍ばせる。
不思議と恐怖感や喪失感は感じなかった。むしろ私はワクワクしていた。
彼は胸から下着を強引に下へと引き伸ばし、その膨らみへとじかに触れた。
これ気に入ってるブラなのに。そう思いながら和則が触れやすいように体を少しずらしてみる。
それに気付いた彼の呼吸は酷く荒くなり、私の肌に舐めるような視線を向ける。
視線に晒された皮膚を、濡れたものが這うような感覚が襲う。
湿った熱い息が足の付け根のあの傷口に染みた時、私は下腹部に強烈な切なさを感じた。
キュウと臓器が締めつけられ、きつく閉じた瞼の奥で涙腺から熱が漏れる。
この感覚を私は知らない。関節が。腰が。目が。声が。自分と違う生き物みたいだ。
私はその行為に没頭した。
唾液で濡らされた指で何度も何度も摩擦される度に、意志に反して高く跳ね上がる足。
それを繰り返される度に血液がゆっくり溜められて、はちきれてしまいそうになる、その源。
限界まで押し上げられる激痛。そしてそこに潜む鈍い何か。衣擦れの音。汗。詰まる喉。
まるで神経の制御部分を支配されているかのような甘い苦しみに、それは満ちていた。

苦痛と快楽はこんなにも隣り合わせなのか。それともこれ等は実は同じ場所に位置するものなんだろうか。
事を終え、そんな事を考える内に、私は本来悩んでいた事をすっかり忘れている自分に気付いた。
何て人間は単純なんだろう。
でもこの単純な行為こそが、まるで全てをちっぽけにできる力を持ち合わせていたのだ。
さて、そろそろ家に帰らなきゃ親に怒られてしまう。
私がおもむろに制服を着ると、ベッドに横たわった和則が不機嫌そうに私を見上げていた。

「ねぇ、今日弥生とデートする約束だったんでしょ?」
「うん平気。電話するって言ってあるし」
「可哀想に。こんな彼氏とも知らないでね」
「いんだよ。あいつ最近やきもちばっかでウゼーしどうってことない」
「私ら最低だね」
「最低ついでに言うけど俺あいつと別れるわ。お前俺とつきあ・・」
「バイバイ」

可哀想な弥生。最愛の彼がこんな男だなんて。
ずっと見下してきた私に最愛のものを寝取られるだなんて。
発作のように込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、私は安ホテルを足早に後にした。
女の優越は、こんな秘め事一つで簡単に逆転するものなんだと
錆びているかのように軋む関節がこの経験をそう物語っている。
今頃弥生はまるで犬のように和則の電話を待ち侘びているのだろう。
家の玄関が見えた時、私は狂ったように笑った。何もかもがおかしくて仕方なかった。
弥生の蔑みが教えた「女を自覚させる」行為は、皮肉にも私にこんな歪んだ形で傷を癒すことを学ばせた。
劣等と優越も、苦痛と快楽と結局一緒だ。隣り合わせで同じ場所にある。
そしてそれを与える人間も与えられる人間も、私と同じように黒い傷跡を隠しているのだ。

傷の癒し方、そして人としての自信を奪ってきた彼女への取り立てを一度に成功させた私は
交尾することで排卵し、劣等も優越もない時間を生きる彼女らをぼんやり羨み、そして蔑んだ。

だって私は決してハムスターなんかではないし、そして彼女らにはなりえないのだから。



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※ひめごと雑文祭、お題------
1.「エロ」作品であること。
2.テキストのテーマは「女の秘密」。
3.文中に一箇所以上「はじめて」という言葉をインサート。
4.書き出し,もしくは締めの一文は「今日●●を切った」。
5.性行為・性器をあらわす固有名詞や露骨すぎる表現は禁止。
6.男性参加者は,女性になったつもりでテキストを執筆する。
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