「町の老婆は云いました。」
  衆愚は知っているのだろうか
  伯爵は昔亡くした自らの妻の
  蝋人形をつくらせて
  毎日城の中で愛でて、いるのだ

  「町の鍛冶屋は云いました。」
  処がそれは誤っているのだよ
  伯爵は自らの妻を
  生きたまま人形にしてしまったのだ
  人形の裡には未だ眠ったままの
  美しい少女がいるはずなのだ

  「町の花売りは云いました。」
  そんなものは全部嘘に違いない
  伯爵が愛したのは
  真実人形に他ならなくて
  何百年も前から彼の細君は
  あの美しい少女の人形なのだから

  「魔法使いは云いました。」
  人形なのは伯爵なのです
  一度でもあの男がまばたいたところを見ましたか
  少女は目を閉じたまま
  いつでも微笑んでしまいそうになるのをこらえているのです  
  少女のしているのは
  お人形遊びに他ならないのですから


  そして伯爵と少女は
  今日もお城から
  町をながめて居るのです
 
 

深森説話