指先とかんざし



     暗闇の奥に髪の長く冷たい指をした人喰いがいるという事実は
     当時の、少女であった私にとって幾らほどの不思議でも無かった。
     夜中に目を覚まし、ぼんやり庭を眺めていると
     いつのまにか私の後ろで同じ様に彼女も庭を眺めている
     それは常に私の中の一部であったのだ。

     水の様なその指先が私の髪や背を静かに撫でる仕合わせは
     しかしあまりに儚くて。
     私が泣いてしまうと彼女は困っていた。

     けして私から触れてはいけなかった。
     彼女と言葉を交わすことは一度とて無く。
     小さく速くなる呼吸や、時に苦しく咳つく喉に
     私は振り返り
     耐えなくとも良いのだよと
     そう伝えたかった。

     日毎に弱っていくのがわかった。
     幾度かは私の首筋にその水の様な指先を這わせもしたが
     ついぞ力を込めることはしなかった。
     私は彼女達の方法で彼女を慈しみたかったが
     彼女は私達の方法で私に接することを望んだ。

     彼女の指は震えていた。
     私は彼女がいなくなってしまうのだと理解した。
     彼女のてのひらに私のかんざしを乗せてやろうとしたけれど


     彼女はもういなかった。