僕の中で大きなウエートを占める映画監督といえば、フェデリコ・フェリー
ニ、スティーブン・スピルバーグ、ピーター・グリーナウェイ、そして押井守
…、でも一番忘れてはならないのはやはり円谷英二でしょう。
厳密に言えば円谷は特技監督なので、純然たる映画監督とは言い難いでしょ
うが、彼の創り出した映像は、僕の映画というものの原点です。
円谷英二というと、ゴジラやウルトラマンといった巨大怪獣や巨大ヒーロー
を誰もがまず連想するでしょうけども、そういったジャンルに留まらず、戦記
映画やパニック映画、さらにファンタジーや伝説など様々なジャンルで、彼が
創り上げた、あるいは創り上げようとした小宇宙とでも言うべき世界に憧れま
す。
たとえば『妖星ゴラス』で地球を動かす為に南極にジェットパイプを建造する
シーンがありますが、パノラマチックな画面の広がり、それを表現する為のカ
ット数の膨大さなど、ミニチュアと一見して解るものの、そのイメージの豊穣
さに圧倒されます。
『ゴラス』のようなSF映画にとどまらず、主に昭和30年代に円谷監督が手
掛けた特撮映画には彼の持つ豊かなイメージが反映されています。
言葉や文章にすると荒唐無稽なままで、イメージの定まらないものも、彼の
手にかかると具体的な画となって表現されていきます。確かにリアルさに欠け
るという欠点はあるものの、彼の表現法は的確、なおかつダイナミックで、躍
動感にあふれています。またリアルさ不足を補う為の編集テクニックはバツグ
ンで、そのテンポの良さは何度見ても心地よいのです。今日の日本のアニメは
この円谷のダイナミックな表現法とテンポの良い編集テクニックをどこかで引
き継いでいると僕は思っています。
そしてなんと言ってもスターウォーズなどで見られる、合成やCGIによる
二次元的SFXではなく、ミニチュアセットによる三次元的特撮にこだわって
いること。
SWシリーズのSFXは確かにすごい。でもどうしても二次元的イメージか
ら逃れられない感じがするのです。現時点での最新作『エピソード1』は特に
そうです(でも『帝国の逆襲』の前半部のSFXは良かった!)。『エピソー
ド1』はああなると実写というよりもうアニメです。
ミニチュアセットによる特撮の魅力は三次元的立体感、ミニチュアセットだ
からこそ感じられる緊張感など計り知れないものがあります。
そしてフェリーニ。
円谷英二とフェリーニなんてどこにも結びつきがないように思えますが、共に
つくりものの世界という点で共通しています。
円谷は現実にないものですが、フェリーニは現実にあるものをセットに作っ
てしまいます。セットで作られた空間は、虚構空間としてデフォルメされて存
在していきます。
「カサノバ」のビニールで作られた湖を見た時の感動は今でも忘れません。
本物の湖よりも湖らしい波の動き。
『アマルコルド』での巨大客船……。
つくりものであるはずなのに、スクリーンで見るといつのまにか本物に見え
てしまう。あるいは本物以上にリアルに見えてしまう。
映画とは所詮つくりものの世界。だから本物を見せるよりもつくりものをデ
フォルメして、それらしく見せた方がより本物らしく見える。
映像はフィルムやビデオに記録された時点でつくりものになると思っていま
す。たとえドキュメンタリーやニュースフィルムでもそれが記録された時点で
、現実は非現実と化すのです。映し出されたものはカメラから見た世界であっ
て、それを見ている人の現実の体験ではありません。その人が映し出された世
界を体験するのは、実際にその日、その時、その場にいなければ不可能です。
フィルムやビデオは映し出された時点で、映し出された現実を何かしら歪んだ
形でしか表現できません。
つまり虚像なのです。
だから映画とは積み上げられた虚像を構成した虚構空間と言えます。一言で
言ってしまえばウソの世界です。そしてまたそこは何の規制もない自由な空間
です。ですから湖をビニールで表現しても何らおかしくはないわけです。
初めに挙げた五人の映画監督は皆、虚構と戯れる為の豊穣なイメージを持ち合
わせた人たちだと思っています。
このHPをつくるに当たって、勿論その五人の監督を語りたいという気持ち
もあります。でもまだ触れていない未知の映画で自分の中で消化していない、
また自分の感性を高めてくれるものを語りたいという気持ちが今はとても強い
のです。
ですから、今後どのようにこのHPを進めていくのか、まだはっきりとはし
ませんが、基本的に現在、自分の気持ちを刺激している映画について語るとい
う趣旨で進行していこうと思っています。
まともに更新するとも思えませんが、よろしくお願いいたします。
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