226日新幹線運転士居眠り事故」に関しての全くの個人的見解

 

この度、JR山陽新幹線の居眠り事故がきっかけとなり、睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群:以下SAS)がにわかに脚光をあびる形になりましたが、一連の報道や、各方面の対応などから、現在の日本の睡眠医療(睡眠呼吸障害医療)・行政対応の抱える多くの問題点が、浮き彫りになっています。私自身も、睡眠呼吸障害(SAS)を専門にするクリニックであるということで多くの取材を受けました。ただニュースというきわめて即時性の高い取材の中出で私自身の意図がどこまで充分に表せたかが、少々疑問でもあり、今回の一連の報道の中で、特に下記3点について、全く私的・個人的見解を述べたいと思います。

 

1.   事件発覚当初、運転士の居眠りが、国土交通省、JR西日本側から、個人の問題、責任感の欠如などど扱われていたこと

 

2.   今後、SASの患者が、不当な扱いを受ける可能性

 

3.   睡眠障害(睡眠呼吸障害)を扱う医療機関が、きわめて少なく医療体制側の不備

 

1.睡眠呼吸障害医療(睡眠医療)を専門とする医師であれば、またこれまでにテレビや新聞などでこの病気のことを認識されていた方なら、今回の事件の報道直後から、運転士がSASである可能性を、当然もっていたと思います。ただその後まだ居眠りの原因がはっきりしていない段階でのJR西日本側、国土交通省大臣の発言(個人の問題、責任感がない、など)には、大変驚き、また失望しました。たしかにまだまだSASをはじめとする睡眠障害の認識は、一般には低く(残念ながら医療者においてさえも)、居眠りが、病気の症状である可能性は充分には認知されていないとは思っていましたが、この病気が、産業事故/交通事故との関連があることは、アメリカでは国家的規模での取り組みがなされ、日本も遅れはとっているものの、この分野に携わる方は、ある程度の認識があるのでは、と思っていました。ですので、扇大臣、JR西日本の上記発言に、今の睡眠障害医療に対する現状を思い知らされました。

 

2.当該運転士は、適切な検査を受け既に治療を受けておられるようです。ただ今後JRが、この運転士を復職させるのか、また今後他の社員に対してどのように対応されるのか、などなど問題は多く残ります。また一部で強く報道されている肥満との因果関係ですが、(今回の運転士もまたJR貨物の運転士も肥満のようですが)欧米と異なり、日本人は、額顔面形態(つまり顔の骨格などの作り)からもともと上部気道が狭く、肥満がなくてもSASになる方が、約30%程度おられると報告されています。ですから、肥満/自己管理能力の欠如/怠慢/SASの図式は、大きな間違いですし、またSASは、肥満の増悪因子でもあり、肥満はSASの増悪因子でもあるため、自己管理能力の欠如による肥満がSASを招いたという認識も大きな誤りです。今後は、さまざまな現場(運輸関係、管制関係のみならずおよそ全ての職種で)でSASのみならず睡眠障害に対する検診・対応が求められますが、どうしても強調しておきたいのは、適切な検査、治療が行われれば、SASまたは、多くの睡眠障害は、改善し、就労は可能だということです。またSASは、稀な病気ではありません。成人男性の4%前後に認められるきわめて一般的な病気です。JRの会見で、“初めてで、全くわからない“と会見されていましたが、病気の頻度からいくとJRだけでも(運転士が数千名いるとすると)100名以上のSASの罹病者がおられる可能性があります。もちろん他の鉄道、航空、運輸、電信電話、発電、などどの分野でも同様なのです。

 

4.   これは、我々医療者側の大きな問題です。今回の事故は、幸い人身事故ではなく、SAS・睡眠障害の問題点を広く知らすことができたという意味では、よい一面もあります。ただ前期1.2.の問題のみではなく、医療側の受け皿の問題があります。今回多くの方が、この病気の存在をしり、当然医療機関への受診を考えられたと思います。ところが受け皿は、あまりにも貧弱です。私のクリニックでも、今回の事件以前から専門施設が少ないこともあり、常時1〜3ヶ月の検査待ちの状態です。事件報道以降受診希望の方が増加しており、さらに待機期間が長くなっています。なぜ、受け皿の医療機関が少ないのでしょうか。ここに睡眠医療を行う上での問題点があります。

1)        検査の労力と睡眠医療の診療報酬の低さ

 この病気の診断には、睡眠ポリグラフ検査がゴールデンスタンダードです。ただ終夜検査が必要であり、適正な検査を行うためには、終夜監視下で検査を行わなくてはならず、また検査データー量は膨大で、その解析にも多大な労力を要します。近年、コンピューターの進出がこの分野でも顕著であり、機器メーカーは、検査の自動化、解析の自動化を進めております。ただ残念ながら自動化はまだ充分使えるレベルではありません。専門の医療機関では(当クリニックでも)自動解析は、おこなっておりません。専任の検査技師が終夜監視下で検査を行い、膨大な量の検査データー(睡眠中の脳波、呼吸、いびき、脈拍、体動などの一晩のデーター)を全て目視化でマニュアル解析をしております。そうしないと適正なデーターを得ること、また適正な結果を得ることはできないのです。そのためには、多大な時間、労力、人件費(一晩中起きて検査を行うことを考えてください、どれだけ大変なのかを)、を要します。それに見合う診療報酬は、国からは設定されておらず、結果として取り組む医療機関は、当然増えてきません。私自身当クリニックを設立する前は、500床規模の総合病院に勤務していましたが、採算性、労力、病院内での医療関係者を含めた認知度などなどクリアすべき問題があまりにも多く、病院内での専門施設の立ち上げは難しいと考えていました。採算性を最も求められる個人クリニックでの大学病院に負けない専門性の高い医療を提供し、しかも不採算だといわれている分野で、採算性との両立を果たさねばならないのは、大変ですが、逆に開き直ってやりがいがあります。(もともとひねくれ者ですから)実際当クリニックでは、専任の臨床検査技師が、終夜監視を行い、検査結果をすべてマニュアル解析を行い、治療時にもすべてマニュアルで最適な方法を決定しております。現時点では、大学病院レベルと比較しても、こと睡眠呼吸障害医療では、全くひけをとらないと自負しております。最近は、この検査のあまりにも不採算性と労力の大変さのため多くの医療機関で簡易検査(脳波で睡眠の評価をしない簡略化した検査)が取り入れられています。ただ脳波を省いているため睡眠障害の検査の中心である睡眠を評価できないことになり、一部の重症例以外では、過小評価の危険性が多々あり(重症例でさえ見逃してしまう可能性があります)注意が必要です。

2)        病気の認識の低さ

今回の事件で、ようやく病気として、一般化するかもしれないSASを含めた睡眠障害ですが、これは医療者側でも同様です。実際私自身が、このクリニックを2001.10に設立するときに1)の問題を含め、ほとんどの医師(先輩、知人)から反対されました。それはそんな患者は稀、また稀でなくても受診しない、経営的にも全くだめだろう、などなどかなりの悪い意味での反響でした。私の父は内科開業医ですが、このクリニックの設立には、ひどく反対でした。それぐらい医療者でさえ認知されていなかったですし、現在でも改善はされていますが、まだまだだと思います。これは、このような疾患を扱う我々自身の責任でもあります。

 事件以降、本当に悩まれていた、困っていた多くの患者様、ご家族からの問い合わせを受けております。現実には、多くの患者様に迅速に対応ができないのが現状です。本当に申し訳なく思っております。

 

今回の事件は、日本における睡眠障害医療が問われていると思っています。そのためにこの分野に携わる医療者としてこれからなにが、できるのか、もう一度見つめなおしていきたいと思います。 

                                          2003年3月7日 舛谷仁丸