塩野七生さん
イタリアのルネサンス・マドリガルをたくさん歌っていた頃に出会って惹かれた作家です。
イタリアのルネサンス時代の宮廷の古文書館に眠っている備忘録、往復書簡などをもと
にその行間に浮かび上がる人間ドラマを鮮やかに蘇らせた歴史物語には胸が躍ります。
彼女の惚れ込んだチェーザレ・ボルジア、ニコロ・マキアヴェッリに私もひきこまれました。
最近の彼女のライフワーク「ローマ人の物語」は政財界のTOP達に支持されていますが、
やはり私は彼女のルネサンス時代の物語が最高に好きです。(まだまだ、少ししか紹介で
きませんが、徐々にUPしていきますね)


神の代理人 (中公文庫 720円)

 神の代理人とは、すなわちローマ法王のことを指します。イエスの弟子の1人シモンはかつて漁夫であり、イエスよりお前はペテロ「岩」であること、教会を建てることをとかれ、また天国の鍵を与えられました。以来、代々法王は天国と地上と地下を支配する象徴として三重冠をかぶり、天国の鍵を紋章として、漁夫の指輪をはめています。
この本はルネサンス時代の法王4人を取り上げています。実際に残っている当時の資料に基づいてなおかつ資料の行間から浮かび上がる人間像を塩野女史の独特の手法により描き出しています。だからこを登場人物が活き活きと語りだすのでしょう。私は本は一度読んだら、ほとんど二度とは読まないのですが、この本は何度も読み直しています。
(1)ピオ二世・・・十字軍を最後まで聖戦と信じた法王。(2)アレッサンドロ6世・・・キリスト教会史上最も悪名高い教皇。スペインはボルジア家の出身でチェーザレ・ボルジアは彼の息子。メディチ家が擁護したフィレンツェのルネサンス文化を堕落と捉え神権政治を確立しようとした修道僧サヴォナローラを処刑。(3)ジュリオ2世・・・打倒ボルジアに燃えた戦う法王。(4)レオーネ10世・・・フィレンツェのメディチ家、ロレンツォ・イル・マニーフィコの息子が法王になった。遊びと祭りが好きな享楽的な法王も結構したたかであったものの、巨額の借金を残して亡くなりました。

ルネサンスの女たち(中公文庫 540円)

私が初めて塩野女史に触れた最初の本です。その頃私の所属している合唱団では盛んにルネサンス時代の宗教曲や世俗曲を取り上げていました。ジョスカン・デ・プレ、パレストリーナ、ジェズアルド、モンテヴェルディらの活躍したルネサンス時代(モンテヴェルディは初期バロック)にとっても興味があったのです。だから本屋でも自然に「ルネサンス・・・」という文字にひかれてこの本を手に取っていました。

本書ではルネサンスの時代の波を堂々と乗りきった、また波にのみこまれていった女性4人が描かれています。(1)イザベッラ・デステ・・・イタリアの中級貴族フェラーラのエステ家から同じく中級貴族マントヴァのゴンザーガ家に嫁ぎ、ベンボ、アリオスト、タッソなど文芸人のパトロネージに力を注いだ冷徹な合理主義者。(2)ルクレツィア・ボルジア・・・<最も肉的なキリスト>と言われる法王アレッサンドロ6世を父に、冷酷なチェーザレ・ボルジアを兄に持ち、政治の道具として使われる。詩人ベンボとの恋によりベンボは名作を残す。(3)カテリーナ・スフォルツァ・・・ミラノのスフォルツァ家の血をひきイタリア・ルネサンス最高の美しく残忍な女といわれる。自ら鎧を着て戦い、また政治的才能も発揮した。彼女の三番目の夫ジョバンニ・デ・メディチとの間に生まれた息子はこれまたイタリア・ルネサンス最後の武人をいわれる「黒隊のジョバンニ」と呼ばれた。彼女の「美しくなるための処方箋」には美容、健康、堕胎法まで書かれており、後にフランス王妃となったカテリーナ・デイ・メディチにより、フランスはもとより、ヨーロッパ中に広まったらしい。(4)カテリーナ・コルネール・・・ヴェネツィア共和国の偽善によりキプロス王妃にさせられたり、キプロスをヴェネツィアに譲渡させられたり、運命を弄ばれた女性。

人びとのかたち (新潮文庫 500円)

幼少の頃から、しっかりとした審美眼を持ったご両親に連れられて見た映画の数々。その頃から塩野女史には映画の中にさまざまな人間模様を読み取るという才能が養われたのであろう。子供だからと言って誤魔化さない、本物の芸術に触れさせることは大切だとつくづく思う。本書は塩野女史が若い頃にスクリーンで見た作品からごく最近のビデオで見た作品まで40以上を取り上げて、それぞれの作品の中に彼女が見出した人間模様、真理を簡潔にかつ印象的に私達に伝えてくれるエッセーです。私はこの本からたくさんの心に残る言葉をもらいました。

・・・男に心から愛された経験をもつ女は一生孤独に苦しむことはない、といったのは詩人のリルケだったが、心から女を愛した経験を持った男の場合も、同じであるかもしれない。・・・
・・・充分に使った一日の後に快い眠りが訪れるのに似て、充分に使い切った人生の後には安らかな死が訪れる(ダ・ヴィンチ)・・・・
・・・天命を知る、とは、思うほどたいしたことではなく、不可能を知ることにすぎないのではないだろうか・・・

塩野女史は「名誉」「品格」「士」という「かたち」の備わった1人の俳優ゲーリー・クーパーをこよなく愛してやみません。私も今ある1人のアジアの俳優に「品格」「優しさ」という「かたち」を見出して愛しています。彼がこれからどんな俳優になるのか・・・。

おとな二人の午後(異邦人対談) (世界文化社 2000円)

「家庭画報」1998年10月号、および1999年1月号から2000年1月号に連載された五木寛之氏との対談集です。イタリアに30年以上暮らす塩野女史と東京でホテル暮らしの五木氏がイタリアのホテルで、ホテル、おしゃれ、靴、宝石といったイタリアならではものに対する思い入れに始まって、古代ローマ、政治・教育、健康法、<寛容>の時代へと、益々お二人の研ぎ澄まされた感性と一風変わったものの捕らえ方が痛快な対談になっていきます。特に「免疫学」のお話は目から鱗状態でした。・・・・哲学の最大の命題と免疫学の追求している主題が重なっている。免疫の最大の働きは自己を決定する働きで、その自己と照らし合わせて自分じゃないと、これを拒絶しようとする。自己を決定することとは、つまりアイデンティティを決定することなのだ・・・・う〜ん、サイエンスは哲学なんだあと思いました。さらに・・・・胎児は遺伝子学的には母親にとって自己ではない。でも母親のからだは拒絶しない。それはトレランス(寛容)という働きが免疫にはあるからだ。ならば異分子、エトランゼ(異邦人)と共存することも可能である。免疫学で国際外交も経済問題も考えられるのでは・・・・ここからさらに脳死問題にまで波及していって、脳至上主義の否定にまで行くんです。面白い展開でした。その後は宗教とはアイデンティティとはという海外に暮らす異邦人ならではのお話も興味深いです。

この本でまた印象に残った言葉を紹介しますね。
・・・汚い金をきれいに使うのが文化っちゅうもんや(桑原武夫氏)・・・・
・・・出る杭は打たれるけど、出ない杭は腐る・・・・