忘れえぬ風景
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旅に出ると思いがけない風景が目の前に広がり
言葉では言い表せない感動が心の中を満たすことがある。
目を閉じれば すぐそこに見える 記憶の襞にたたみこまれた風景画。
そんな風景画をたくさん自分の宝物にしたくて 私は旅に出るのかもしれない。

1995年…

イタリア、トスカーナのとある街で
合唱のヨーロッパ・グランプリ大会が開催された。
ヨーロッパの6大合唱コンクールにおける優勝団体の中から
さらに優秀な合唱団を決めるコンクールである。
私たち夫婦は 翌年開催される6大コンクールのひとつの下見もかね
そのグランプリ大会に出場する東京の合唱団に同行させてもらった。

贔屓目かもしれないが グランプリ大会ではプログラミング面からも技術面からも
その東京の合唱団が優れており、日本の合唱団で初めてヨーロッパグランプリを獲得。
しかし、コンクールで演奏するだけではもったいない ということで、
日本では名前も聞いたことのない イタリアの地方都市2カ所で演奏会を催した。

帰国する前日、L'Aquila(ラキーラ)という山の街にある ロマネスク様式の教会で演奏。
「道成寺縁起」という日本の伝統芸能をテキストにした日本の若手作曲家の難曲が
由緒正しきヨーロッパの教会の空間に こんなにも美しく漂うことに感動を覚えた。
しかし翌日は早朝の飛行機で帰国しなければならない。
心暖まるレセプションは早々にきりあげ、貸し切りバスでローマへ向かった。

時刻は午前0時近く…だったと記憶する。

団員は今回のグランプリ獲得の興奮や演奏会の話にひとしきり花を咲かせながらも
連日の練習・練習・コンクール・練習・演奏会・・・という強行軍に
体力も精神力も使い果たし、その話し声はひとつ またひとつと少なくなっていった。

私たちは応援団&相談役みたいなものだったのでそれほど疲れておらず
私にいたっては 乗り物の中で寝るのが もともと大の苦手。
それでも静かな車内で、ウトウトとしてる時だった。

ある大きな下りカーブを抜ける時、横Gを感じて思わず目を開けた。
すると目の前に広がっていたのは・・・
闇夜に星が煌めいているような街の灯り
ずーーっと向こうに行くほどその煌めきは数をましているようだった。
バスの窓ガラス全体、ほとんど360度パノラマ状態の街の灯り。
一段と煌めいているのは7つの丘をもつローマの街中だろう。

私は思わず感嘆の声をあげてしまい 周りの数人を起こしてしまった。
3000年近く人間の歴史を見つづけてきた街
一時は広大な帝国の首都として栄、多くの英雄の栄枯盛衰を知ってる街
そこには夥しい血が流されたこともある。
しかし、遍く人種を知り尽くし、芸術のすばらしさも知っている街

…ローマ…

 平成10年に亡くなった作家・須賀敦子さんのイタリアでの足跡を追って、
昨年(平成13年)から「須賀敦子のミラノ」「同・ヴェネツィア」「同・ローマ」
という写真付きの、そう厚くない本が立て続けに三冊出版された。
須賀敦子ファンの私はそれこそ彼女に関するものならなんでも・・・
という義務感に促されるように、まずミラノ編を購入。

しかし心の中ではイタリア・ブームを目当てにした観光用の本の類だろう
…ぐらいにしか捉えていなかった。
おまけに大好きなイタリアなのに、なぜかミラノという街に私は親近感を抱けない。
なので最初から読む気はなかった。ツン読状態。
逆に、彼女をダシに使って こういう観光用の本を出版したことを
彼女自身が知ったらどう思うだろうか・・・と苦々しく思ってさえいた。

しかし、ヴェネツィア編を手にしたとき、読むでもなくパラパラとめくっていると
それが大好きな街だったせいもあるのか 写真の横にある文章をなにげに読んでいた。
さらにローマ編を入手して読み始めたら・・・・
私は大きな誤解をしていたことに気がついた。
 
文章といっしょに写真も自らの手で撮っていたのは大竹昭子さん。
須賀さんが「ギンズブルクやユルスナールに寄り添うような文章が書きたい」
とおっしゃっていたように、大竹さんは須賀さんに寄り添うような文章を書くかただった。
何よりも須賀さんの著書を深く読んでいる様子が行間からうかがえ
そのフレーズごとに浮かびあがるイタリアの街と建物、それに寄せる須賀さんの想いが
まるで彼女の小説を読み返しているかのように甦ってくる。

普段ならとても観光ルートには入らない、須賀さんが愛した場所を 
彼女の文章を、彼女の思い出を探しながら歩き、
なおかつ須賀さんの想いをもっと深く探ろうと辿っていく文章。
何よりも大竹さんが撮った写真にその想いが現れていた。
街にも人間にも歴史にも、何ものにも媚びず ある瞬間の街の光と影を切りとった写真。
まるで須賀さんがその風景から何を感じ取ったのかを見る者に伝える写真。

「須賀敦子のローマ」・・・本のカバーには7つの丘のひとつアヴェンティーノの丘から
大竹さんが眺めた、いや須賀敦子が眺めたであろう
朝陽を受けてバラ色に輝き、燦然とした光に溢れるローマの街が浮かんでいる。
私もいつか このようなローマも 自分の心の風景画にできるのだろうか

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【参考】
「須賀敦子のミラノ」,「須賀敦子のヴェネツィア」,「須賀敦子のローマ」
大竹昭子著 河出書房新社・発行