「北の国ー魂の祝祭」・・・ホールオープン3周年記念特別演奏会/平成12年9月30日
(東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル)
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指揮者: トヌ・カリユステ
タリン室内管弦楽団(29名)
エストニア・フィルハーモニー室内合唱団(ソプラノ8名 アルト6名 テナー7名 ベース8名)
【演奏曲目】
Arvo Part Trisagion for string orchestra (1992/95)
アルヴォ・ペルト 弦楽オーケストラのための<トリサジオン>
J.S. Bach Magnificat BWV243
J.S. バッハ マニフィカト BWV243
Arvo Part Te Deum
アルヴォ・ペルト テ・デウム
(アンコール: Arvo Part Magnificat)
補足: アルヴォ・ペルトは1935年エストニア生まれ。首都タリン音楽院で学んだ。80年に当時まだソ連邦だった母国から亡命、ベルリンに住む。東方正教会や中世の宗教音楽を研究することにより、独自の「ティンティナブリ(鈴鳴らし)様式」の作風を確立。私は1987年に録音された「アルボス(樹)」というアルバム、特に<スタバート・マーテル(悲しみの聖母)>という曲を聴いて衝撃を受けました。
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今日は「聴きに行きたい演奏会」にも書いたように、数年前、宝塚国際室内合唱コンクールでその深く重厚な響きで総合一位をかっさらって行ったエストニア・フィルハーモニー合唱団の演奏会が、あのカリスマ指揮者トヌ・カリユステの指揮で聴けるということで、わざわざ東京は初台にあるオペラシティーまで聴きに行ってきました。
ちょっと早めに着いて、ドラマのロケに使われている有名な階段を上がって、これまた建物内にある某店で有名な「カプチーノ」を飲もうと思ったら・・貸切・・・さては演奏会の打上げ会場か? 仕方なく違う店で軽く食事を済ませ、18:30にはホールへ入場。入口でパンフレットをもらうとナント演奏曲目が1曲追加になっているではありませんか。・・・・やっぱりバッハの「マニフィカト」とペルトの「テ・デウム」だけでは短いから追加したのかな? 何?何? ペルトの弦楽曲ですか、ふ〜ん・・・・程度にしか思ってませんでした。
さあ、開演時間の19:00です。でもまだまだ聴衆は入ってきます。あれ?ここって名@屋って思うくらい時間にルーズな方々。私達の席は1階16列の13、14番。1階の真ん中あたりでしょうか。某合唱団の演奏会では招待席になるような席らしい。シメシメ。 定刻5分遅れで1ステージが始まりました。まず弦楽器奏者が入場、20名弱でしょうか。調弦をするんですが気のせいかちょっと低めに聞こえました。いよいよ指揮者の入場、おおっ、あの大柄で長髪のトヌ・カリユステです!会場は大きな拍手に包まれました。 まずペルトの<トリサジオン>・・・これはフィンランドの予言者エリヤの教区の500周年に同教区に献呈された10分あまりの弦楽合奏曲。トリサジオンは英語読みで実はギリシャ語では<トリスハギオン>「3つの『聖なるハギオス』」のことで、東方正教会の通常文聖歌のひとつ。賛歌(朝の祈り)で栄光の賛歌とともに、となえられるのだそうです。まずバイオリンが静にぶつかった音を出し、徐々に他の楽器や音が重なっていく手法なのですが、どの音も透明で混じりけがなく、まるで夜露を浴びた葉っぱの上で透明な滴が一カ所に集まってくるようなイメージ、翠の森の中を霧が漂っているような感覚にとらわれます。そして1つのフレーズが終わったかと思うと次のフレーズが波のように押し寄せてくるようなティンティナブリ様式に無防備だった私の魂は激しく揺さぶられました。静に涙がこみあげてきては溢れ、止めることができません。人間の声では表現できない、ふくよかなディナーミックと音色。最後は同じ音の繰り返しなのに、まるでソリの鈴の音がどんどん遠ざかっていくような感覚にとらわれます。これがペルトの音楽、これこそが「北の魂」なのだっ!! 私の魂は浄化されていきました。この曲を聴けただけで充分でした。東京まで来たかいがありました。ゆっくりとその手を降ろし指揮者カリユステが静に振り向きます。きっと満ち足りた沢山の顔が彼を見上げていたことでしょう。カリユステも満足そうでした。
次はバッハの「マニフィカト」です。<マニフィカト>とは崇めるとか讃えるという意味で、大天使ガブリエルから受胎告知されたマリアが親類のエリザベツを訪ねた時に「私の魂は主を崇めます・・」と語ったものです。カトリック教会では毎日の晩課やクリスマス、イースターなどの時の晩課でも歌われます。この曲の演奏に関してはもう趣味かそうでないかの違いしかありません。私にはモダン楽器によるモダン・ピッチの演奏はやはり自分の趣味に合いません。金管は演奏は素晴らしいのですが後ろの合唱の声を殺してしまうぐらい煌びやかな感じです。この合唱団てこんな声だったかな?と思ってしまいました。高音、特にソプラノの声がちっとも飛んでこないのです。アルトの音色も少し後ろ過ぎるような・・・。明らかにオケのバランスが合唱に勝っていたように聞こえました。バッハのこの曲は特に独唱や重唱が多いのですが、すべて合唱団員が歌っていました。オケの前のソリスト達の位置が一番よく響く位置のようです。ヘミオラがそのように聞こえないとか、テンポを揺らしすぎるとかあったものの、曲としての躍動感はあったと思います。何度も言いますがこれは趣味の問題で、私には合わなかった。そうそうSicut locutus estの最後では合唱が少し前につんのめるようなテンポになってインテンポのオケと合いませんでしたが、私として合唱団の少しアジタートするようなテンポの方が好きでした。
休憩後はペルトの「テ・デウム」です。「テ・デウム」はおそらく5世紀に成立したラテン語の賛歌で、「感謝の歌」とも称され、古くから戦勝の祝賀や政治的な祝典で演奏されてきました。一般に祝賀という内容からも派手なイメージのある曲です。
ペルトのそれは1984年〜85年に西部ドイツ放送の委嘱で作曲されました。編成は3群の合唱(エストニア・フィルハーモニーは客席から舞台に向かって左側に女声10名,真ん中に混声8名,右側に男声11名)と弦楽合奏、プリペアード・ピアノ(弦の間にものを挟み、チェンバロのような音にする)、ウィンド・ハープ(今回はシンセだったのかな?)からなります。カリユステが右手を静に下まで振り下ろしました。 あれ? 始まったよね? んん? この低いエアコンの唸りのような音は何? 思わず身を乗り出してコントラバスを見ましたが弾いている様子がないのです。舞台の右手と左手の奥にスピーカーが一台ずつ置かれています。もしかしてあそこから聞こえるの? なるほどこれがウィンド・ハープの音なの? 客席の右後ろにシンセらしきものが置いてあったそうです。それなのかな? やがて弦も入り合唱も入ってきました。ああ、やっぱりこの声よ♪ バッハの時とはうってかわって柔らかてく奥行きと艶やかさのある声がア・カペラで聞こえてきました。声というものを、合唱というものを熟知していると思われるペルトの曲だからなのか、この合唱団の音が確かに聞こえてきました。それはペルトに特有のグレゴリアン・チャントのごとき単旋律聖歌のようです。前半は基本的にそれぞれの合唱群はア・カペラで弦楽器ともそれぞれ単独で応唱するような形で進行します。男声の声はよく揃っていてとても柔らかく響き、時に厳しい内容の歌詞では力強く歌い上げます。女声もアルトの声、そしてソプラノの中音域の声はビロードのような深さと柔らかさがあります。ペルト特有のぶつかった音の高音もとても美しかった。惜しかっのはた混声のソプラノで、バランス的に弱く、時々ピッチもぶら下がり気味でした。しかし、何故か聴いていて安心感があるのです。それはきっと何回も歌ってきた自分達の曲、CD録音もしてグラミー賞にもノミネートされた演奏という自信のようなものに裏打ちされたものがあったからなのでしょうね。曲はテキストに沿うようにある時は寂しい短調で、時には教会の窓から差し込む光のように長調に転調しながら、クライマックスではまず男声が力強い声で歌い上げ、プリペアード・ピアノのガンゴン、ガンゴンという鐘の音とウィンド・ハープの低い唸るような音、それに合唱も全部加わって輝かしく短調と長調の転調を繰り返し、会場中が鳴り響いていました。そして徐々に静寂へと・・・・・だんだんと無の世界へと・・・・戻っていったのです。ああ、ペルトの曲はこうして生でアナログで聴かなくては、CDのようなデジタルだけではその良さがわからないなあとつくづく思いました。ちなみに、演奏後は「テ・デウム」のCDは売り切れていたようです。私は今、以前買っていたそのCDを聴きながら書いています。
アンコールには同じくペルトの「マニフィカト」を歌ってくれました。やはり合唱団をア・カペラで聴きたいという願いを叶えてくれました。この曲は数年前に日本の合唱団でも流行りましたよね? 楽譜面は簡単なのですが、音の響きが持つ精神を表すにはやはり難しい曲です。彼らでさえソプラノの声が揃わないのですもの。疲れていて集中力もなかったのかな?こうなったら是非トルミスの民族的な音と声も聴きたかったのですが、今日は宗教曲で纏めたようです。
でも、今日は弦楽曲に代表されるように本当に素晴らしい曲、素晴らし演奏に出会えて、至福の時を過ごしました。私の敬愛する作家の1人、須賀敦子さんがあるエッセイの中でおっしゃっていました。「音楽の持ってくる感動は純粋すぎる」・・・無防備だった私の魂は鷲掴みにされ、そして揺さぶられたのです。「北の魂」と「東の魂」の融合・・・・魂に東西南北なんて本当はないような気もしますね。
後日談:
実は演奏会当日、学生だけ入場可の公開リハーサルがあったそうです。それを聴いていた方によると、ペルトは一度も練習しなくて、ひたすらバッハの立ち位置とかを気にして、カリユステは客席をウロウロしていたそうです。オケに音量を抑えろ抑えろと盛んに指示していたとか。やっぱりね・・・ですよね。
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