再び、風が吹き抜けた。森はざわめき、木の葉や粉塵といった質量の小さいものは宙へと舞い上げられる。灰と化した悪魔の亡骸も例外ではなく、風に抗うことなく空に舞い上がり散っていった。
「…………」
キシリィは空を見上げ、風に巻き上げられ天高く昇っていく真っ白な灰を見送った。
「…逝ったか」
彼は思う。多くの人を殺め、返り血に染まった悪魔の魂は浄化されただろうか、と。
…いや、そう思いたかった。燃え盛る炎と断末魔の中で朽ちていった悪魔の姿を見たばかりの彼に、プラスの思考は浮かび難かったが、そう願いたかった。
「聖なる炎は悪魔の汚れた魂を浄化すると、師匠は言ったけど……」
…殺したことに変わりはない。
キシリィは胸の前で十字架を描き、短い黙祷をした。
「よう、やったな。 さすがだよな、専門家は…」
不意に背後から声をかけられ、キシリィはハッとした。
「アスパ…」
振り向いた先に、アスパの姿があった。フラフラと千鳥足で歩いてくる。樹に激突した頭をかかえながら…。
「生きてたんだ」
たった6文字の短い言葉だったが、それはアスパの心を傷つけるには十分な力を持っていた。
「冷たいなぁ、通りすがりのエクソシストさんは……」
「…聞いてたの、あの会話」
今の今まで、ぶっ倒れて気絶していたとばかり思っていた男が、悪魔と交わした会話の内容を知っていたので、ちょっとびっくりするキシリィだった。
「へッ! おれを甘く見るなよな! あの悪魔にゃひでー目に遭われたが、意識はずっと鮮明だったさ」
そう言うと、アスパは頭をおさえていた手をどけた。そこには、見事なまでにでかいタンコブがひとつ形成されていた。
「これはまた見事なタンコブだねぇ。 しかし、あれほどの爆発をモロにくらってその程度で済むとは…。 さすがは変人、お見それしましたぁ」
「ほめすぎだよ、照れるじゃねぇか、クソッタレ」
…などと談笑するアスパとキシリィを遠目に、町長は一人おびえていた。
「…あの男……そうとう激しく樹に激突したのに、タンコブひとつで済むなんて………。 まるでマンガじゃないか…! 常識疑っちゃうね、ほんと」
そう言いつつも、町長はひとつの希望を抱きはじめていた。
「……この二人なら、やれるかもしれん……! 残り1匹の悪魔を葬り、再び、まつたけを我ら人間の手に……!!」
興奮のあまり、おもわずヨダレをたらす町長だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
あれから30分後―――。
森に入ってからいろいろあったし、すっかり日が落ちて暗くなってきたんで、「今日はこのへんでテント張ってキャンプすんぞ!」ということになった。よさげな場所を見つけ、テントを張り、火を起こす。
大きな苔むした岩がテントの四方を囲んでおり、それらが悪魔や危険な動物から身を隠す役割を果たすんじゃないかなー…というのはアスパの持論。それだけではさすがに心もとないでしょ…と、キシリィは聖水をばらまいて簡易結界をつくった。食事の用意ができるころには、空はすっかり暗くなっていた。木々の屋根の隙間にのぞく無数の星達が、競い合うように光を放っている。
「夜の訪れかぁー…」
アスパは、夜空を仰いで何気なくつぶやいた。その口からは、町長特製の野菜スープがたれている。その後ろでは、「物を食いながらしゃべっちゃいかん!」と、町長がさわいでいる……が、完全無視。
「アスパぁ、なにセンチメンタルぶってんだよ? いい歳こいて」
小さめの岩に腰かけて黙々とパンをかじっていたキシリィが、アスパを茶化した。
「うるせい。 ガキは早く寝ろ」
「あのネ……僕が最初の見張り役なんすけどネ……」
「…だったな。 じゃあ、おれは一足先に睡眠をとらせてもらうか、ハッハッハ」
高らかな笑いとともに、がに股歩きでテントへ直行するアスパにキシリィがもう一声かけた。
「アンタ、魔法封じられてるんだろ? 魔力絶縁状態…だっけ? そんなんで大丈夫なのかい、最終決戦の方は?」
アスパの足が止まる。
「心配すんな! んなもんビタミン摂りゃ治る。 おれの魔力の源は各種ビタミンなんだよ。 さっきミカン食いまくっといたから魔力満タンだっての」
アスパはとんでもないことを言う。
「あのね…アンタの体どうなってんのさ。 …いや、それにさァ、もしそれがホントだとしても、魔力が体を流れない以上魔法は使えないって、あのビェネッタってやつが言ってたじゃん!」
キシリィが声を荒げて反論したが、アスパはすでに立ったままの姿勢で眠っていた。ガニ股のポーズのまま、いびきをかいている。その信じられない光景を目の当たりにしたキシリィ&町長は、最初はテントまで運んでやろうと思ったが、「めったに見られるモンじゃないし…」ということで、そのままにしておくことにした。
「残る悪魔は一匹! キシリィ殿、明日もがんばりましょう! フハハハ」
そう言うと、町長は意気揚々と自分一人だけテントへと歩いていった。
「…道案内しかすることないクセに……」
キシリィはカップに残っていたスープを飲み干すと、毛布を肩にかけた。交代の時間まで、見張りをしなくてはならない。30回のあいこの後、グーを出して負けたあの手の感触が今もなお脳裏にチラつく…。
(あのときチョキを出していれば、今ごろは…テントで……)
大きなため息の後、後悔の念を振り払い、周りに危険な気配がないか注意を向けたキシリィが真っ先に反応したのは、アスパの異様な寝言だったという…。
神無月 くさやが薫る 下町の朝 (字余り)
つづけ!
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