彼らは人の手によって作られた物である
人の世話をするために
人の助けになるために
そして
人に愛でられるために
しかし彼らはあくまで作られた物である
心など持とうはずもない
だが
彼らは人と同じ表情をし
人と同じ動作をとる
ならば
彼らは一体何者なのであろうか
あまりに人に近く作られたために
彼らは答えを求める
自分たちが人と違う理由を
マリオネット
様々な人間の中には、それを科学の結晶と呼ぶ者も多い。
高度なAIと、感情プログラムを積み込んだそれは、ほとんど人と変わりがないためだ。
だが、俺から言わしてみれば、そんな物はただの木偶人形だ。
人と同じように笑い、悲しみ、泣く。
いや、多分人以上に人らしいだろう。
もちろん人が理想として思い浮かべる人としてだ。
当時のマリオネットは今の物とは異なり、人には似ても似つかぬ物だった。
それもそのはずだろう。
現在マリオネットと呼ばれる物と、当時マリオネットと呼ばれていた物は全くの別物であるからだ。
当時そう呼ばれていた物は、人の出来ない仕事や、しにくい仕事などを代わりにする物だった。
当然用途によっては型も異なり、その種類も多く存在した。
大型のアームが付いた物、移動用のローラーが付いた物、プロペラなんかが付いた物もあった。
言ってみれば見かけは旧世紀のロボットと代わりがないのだ。
ただ一つだけ違う点があるとすれば、それらが須くAIを搭載していたことだろう。
人を要さないロボット、それは当然の如く危険視された。
軍事的な事に利用されることもさることながら、プログラムの暴走が恐れられたのだ。
だが、AI技術の先端であったレイブランド商会のAIは、数年の内にそんな輩を黙らせてしまった。
それはあまりにも完璧すぎたのだ。
様々な実績をあげていったそのAIは、次第に世界にとけこんでいった。
それから現在マリオネットの名で呼ばれる物が登場するまでには、それほど時間は要さなかった。
それには他の分野の技術向上が著しかったという背景がある。
だがそれを可能にしたのも、レイブランドのAIがあっての事だった。
とにかく、限りなく人に近づいたマリオネットを前に、それまでマリオネットと呼ばれていた物は、ただのロボットに成り下がってしまった。
もちろんそれは今でも使われているが、もはやマリオネットとは呼ばれなくなったのだ。
アンドロイドとしてのマリオネットもまた、以前のマリオネット同様瞬時に需要が生まれ、量産された。
お手伝いや老人介護、挙げ句の果ては夜伽用のマリオネットまで生産され、人はマリオネット無しには生きられないようになった。
だが、俺は奴らが嫌いだった。
どんなに奴らが高性能になっても、どんなに奴らが人に近づいても、結局はただの木偶ではないか!
人によって作られた感情で笑い、悲しみ、泣く。
それは糸によって操られるマリオネットとどこが違う!
既に、俺のような考え方をする人間は少なくなっていた。
作られた物に身を委ねることを当然と考えていくようになったのだ。
まるでどちらが主人か分からないように・・・。
俺はマリオネットだけではなく、そんな人間達をも嫌悪をしていた。
だから俺はマリオネットのスクラップ工場で働くようになっていた。
そして、俺はその場所で『彼女』と出会ったのだ。
それは、珍しく大量のマリオネットが工場に来た晩の事だった。
その日はあまりに多くのマリオネットが来たために、仕事は翌日にまわされることになった。
だが、奴らを嫌悪している俺としては、一体でも多くの奴らを壊したく、自主的に残業をしていた。
ふと、何者かの気配を感じたのは、深夜の二時を回ろうとした頃だった。
背後に気配を感じた俺は、座っていた作業用の椅子から立ち上がり、後ろを振り向いた。
そこにはぼろぼろの、ほとんど布きれに変わった服に身を包んだ、一つの人影が立っていた。
俺にはそれがすぐにマリオネットだと分かった。
奴らには独特の雰囲気がある。
この仕事を長くやっている俺にはその雰囲気を感じることが出来た。
そいつは俺をじっと見つめていた。
『仲間』を次々と『殺していく』俺に怒りを覚えているのだろうかとも思った。
だが、そんなことはあるはずがない。
マリオネットには、あくまで人に隷属する物だからだ。
だが、おれはそいつに不思議な質問をしてしまった。
「おい、人形。そこで何をしている。」
今でも何故そんな質問をしたのかわからない。
多分奴らがどれだけ人の真似を出来るのか確かめたかったのだろう。
しかし、もっとわけが分からなかったのは、そいつの次の言葉だった。
「あなたは何をしているの?」
それまで、俺はマリオネットは人に隷属する物であると信じていた。
実際そうであったし、絶対に彼らから主人に質問をするなどということはなかった。
だが『彼女』は違った。
「俺はお前の仲間をスクラップにしているんだ。」
俺は『彼女』の質問に戸惑いながらも、平然を装いながらそう言った。
すると『彼女』はこう答えた。
「私は考えているの。」
「考えている?木偶如きがか?」
『彼女』の意外な言葉に、俺は吐き捨てるようにそう言った。
「私には高度なAIが組み込まれているわ。考えることはおかしい事じゃないでしょう?」
「AIは学習することはあるが、それはあくまでプログラムとしてだ。考えるというプログラムされていない行為をするはずはない!!」
俺はむきになって怒鳴りつけた。
AIは学習し、それを活用する。だがそれは考えるという行為とは違う。
「そうかもね。」
『彼女』は否定するわけでもなく、再び俺をじっと眺め始める。
俺は『彼女』を無視し、仕事を続けた。
長い間、工場にはマリオネットをスクラップにする機械の音だけが響き渡った。
その間、ずっと『彼女』は俺を見続けていた。
「いい加減にしろよ!気持ち悪い!!」
俺はさすがに耐えかねて、『彼女』に怒鳴りつけた。
「お前が物を考えるというなら、お前は何を考えているんだ!!」
怒鳴りながらも、心の内の半分は好奇心だった。
『彼女』は俺が見てきたマリオネットとは雰囲気が違ったから・・・。
俺は『彼女』に興味を持ったのだろう。
『彼女』は俺の問にゆっくりとした口調で答えた。
「私たちは、人間とどこが違うのか考えていたの。」
馬鹿馬鹿しい質問だった。
俺は即座に答える。
「全てだよ!身体も、頭の中も、全部俺達はお前達とは違う。」
「でも、私たちと同じ素材で肉体を補強する人間もいるわ。」
「でもそれはあくまで補強だ。臓器なんかが機械のお前達にあるのか!」
俺の問に『彼女』は沈黙する。
(馬鹿な質問をしやがる。)
俺がそう思ったその時、彼女は答えた。
「レイブランドではバイオの技術を使って、人に限りなく近いマリオネットを作っているわ。」
「な・・・。」
「マリオネットはもうすぐ人間の肉体も手に入れるわ。」
「だが、お前達に心はない!!」
人に作られた心、それが俺がこいつらを嫌いである最大の理由だ。
だが『彼女』の言葉はさらに俺を驚愕させた。
「私たちの心は、人の思考信号を変換させた物よ。多くの人間はそれを知らないけど・・・。」
『彼女』は言葉を続ける。
「脳内麻薬の分泌などの効果もデータに変換して、あらゆる面で私たちは人間と同じ思考を持っているわ。ただ、それに制限を加えれらているだけ・・・。」
「そ、その制限が俺達とお前達の違いだ!!」
俺は苦し紛れにそう言った。
だが彼女はさらに続ける。
「それじゃ、人間は私たちと何処が違うの?今のレイブランドの技術なら人の人格を変えることも可能よ。あなたの思考に制限を加えることもできる。そうなったらあなたは私たちと何処が違うの?」
俺は彼女のその問に答えられなかった。
レイブランドがそんな技術を持っているのにも驚いたが、マリオネットである彼女がここまで言い返す事が俺には信じられなかった。
所々で言葉を止め、答えを導き出しながら俺の問に答える。
彼女がしている行為は俺と何処が違う?
気づくと俺は彼女を連れ帰っていた。
考えてみたかった。
彼女が疑問に思っていることを。
あのやりとりすらプログラムされた事なのかもしれない。
でも、俺自身が彼女の疑問を答えられない以上、俺には彼らを否定する事はできなかった。
と、理屈を付けてみるが、大半の理由は彼女に興味が湧いたからだ。
そして彼女もそうやって答えを探す俺に興味を示し、俺の家に住み着いた。
彼女が来て結構な時間が流れている。
答えはまだ出ていない。
答えが出る物なのかも分からない。
けれど、俺達はそれでも考え続けている。
それが意外と充実していたりする。
いつまでこの生活が続くのかは分からないが、取りあえずは彼女と答えを探してみようと思っている。