運を冠する男
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「運だけの男?」 揺れる馬車の中で、目の前の初老の女に聞き返すようにそう尋ねたのは黒髪の若い男だった。 無表情という程でもないのだが、愛想はなく、どことなくきつい印象を受ける男だ。瞳はまるで全てを吸い込むかのように漆黒で、背の丈は長身の部類にはいるだろう。
彼の名はクリフォードと言った。かつて氷の閃光 「それは構わないが……、理由は聞かせてもらえるな。クリーム=ヴァルギリス」 本来なら敬意を含むべきその名を、クリフは彼女が何者であるかも知らないような口調で口にした。だが女は全く気にする様子もなく、彼の方を見てこくりと頷くと、その赤い双眸を閉じる。 「私がどうしてあんたを引き抜いたかは解っているわね」 クリームの質問に今度はクリフが頷いた。 「俺がアイシィライトニングと呼ばれた男だから。そして、ガルシア=バーグの教え子だからだろう?」 クリフの答えに、クリームは満足そうに頷くと、クリームは話を続けた。 「あとは娘の旦那の推薦かね。一度やりあったことがあるんだって?」 「今の俺では足下にもおよばんよ」 「それはどうでもいいことさ。重要なのはあんたが優れた戦士だということであり、ガルシア=バーグの技術を完全に受け継いだ教え子であるということさ」 「優れているかどうかは自信はないがね」 憮然とそう言葉を返すクリフに、クリームは苦笑を浮かべるが、いい加減になれてきたので、話を進めることにした。 「とにかく、質問の解答を先に言うとだね、学院には優秀な人材は欲しいが、アイシィライトニングという高名な名前は要らない、ということさ」 クリームの言葉の意味が解らなかったのか、クリフは訝しげな表情を浮かべる。自分がどうかというのはともかくとして、優秀な人材を集めているというのは解る。魔導師の育成機関というのだから、それは当然だ。だが高名な名が要らないと言うのは解せなかった。 「簡単なことさ。同盟は騒がれすぎたのさ。大国から警戒されるほどにね」 クリフの疑問は、その一言で解消された。つまりは―― 「機国大戦で同盟の存在意義を示しすぎたのが、仇になったわけか」 「そういうことさ。元々同盟は大陸三大国に対抗する勢力として創設されたものの、大国に真っ向から対抗できるほどの権限は持っていなかった。けど大戦で派遣した義勇軍があまりに上手いまとまりをみせてしまったせいで、大国が同盟を危険視し始めたのさ」 「加えてガルシア、クレノフ、ベルーナといった強大な能力者の集中……。確かに脅威ではあるな」 クリフが納得したようにそう言うと、クリームは頷いた。 「だからこの上あんたまで加わると、本気で大国が同盟を潰そうとしかねない。あんただって解っているんだろ? アイシィライトニングがどれほどの影響力を持っているか」 「ああ」 知ってはいた。その名前が紅華隊最強だったなどと、とんだ一人歩きをしていることくらいは。だがそれが全くのでたらめでないことも、彼は理解している。 「とにかく、オンリーラックという名前で馬鹿を演じればいいわけだろう?」 ようやく意味を理解したのか、クリフは少し疲れたような様子で、クリームにそう尋ねた。だが彼女はにやりと不敵な笑みを浮かべると「いいや」とまるで悪女のような笑みを浮かべた。 「演じてもらうんじゃないよ。なりきってもらわないとねぇ」 その笑みに、何かぞっと嫌な予感を覚えつつ、取りあえず彼女の言葉の意味を確かめようと、クリフは口を開く。 「意味が、解らないが……」 「簡単なことさ。ちゃぁあんと指導してくれる相手までいるんだ。ゆっくりその子から教わっておくれ」 「いや、だから何を?」 そうクリフが尋ねるのと、馬車が学院に到着するのはほぼ同じだった。クリームはまるでその台詞が聞こえなかったかのように馬車を降りると、クリフに向かってにこやかな笑顔を見せながら言った。 「とりあえず師匠に顔を見せてこようじゃないかい。この時間なら、きっとそこに彼女もいることだろうしね」 「彼女?」 まるで訳が解っていないクリフを、半ば強引にクリームは引き連れていった。そして二人はガルシア=バーグと名前が書かれた部屋に辿り着いたのだ。 だが、その扉を開けて、クリフはもっと大きな驚きを体験することになる。なぜなら、そこでは『彼女』との再会が待っていたのだから……。
また学院の工作もあり、オンリーラックの名は学院が正式運用される頃には、すっかりと浸透したのだった。 そしてそれが、今のクリフの苦難の日々のきっかけであったのかどうかは、誰にも解らないことである。 だが一つだけ言えることがあるとすれば、それが本当の意味での『クリフォード=エーヴンリュムス』の始まりだったのかもしれない。 少なくとも彼は後悔はしていなかった。 なぜなら、彼は運を冠する男なのだから――
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