リニアの日記 番外編

レイシャの追憶 第四話 守りたいもの・中編


<Novel-Room>



 自分に戦士として特別な才能がないことは分かっていた。

 しかし一方で、アサシンギルドの戦士として戦ってきたという自負はある。

 ルークやヴァイス、バルクなどといった高位の能力者でなければ、ある程度は渡り合えるものだと思っていた。

 しかし、その少年との手合わせは、そんな幻想を脆くも打ち砕いた。

「――っ」

 鈍器で殴られたような衝撃がレイシャの右腕に走る。レイシャはその衝撃を利用して、左の拳を打ち込んだ少年から距離をとった。だが少年は更に速度をあげ、開いた距離を詰める。

「おせぇっ」

 続けて繰り出されたのは右の一蹴だった。跳躍の速度を上乗せした一撃にレイシャの防御は間に合わず、そのまま吹き飛ばされる。

(冗談じゃないわよ)

 宙を舞う浮遊感を感じながらもレイシャはゆっくりと思考を整える。ルークとの手合わせで、蹴り飛ばされるのには慣れていた。彼ならば更に追撃を加えてくる。レイシャは普段の修練を思い出し、それに備えた。

 全身を闘気で覆い、衝撃に備える。これもルークから教わった技法だ。意識を集中した部分に闘気を付帯させることは、闘気使いにとってそれほど難しいことではない。だが、それを全体に分散させるというのは、意外に困難なことだ。

 何度か地面を転がり、蹴りの衝撃はようやくおさまった。身体に異常がないことを即座に判断し、レイシャはその場所から一気に離れる。追撃を回避するためだ。しかし彼女が予測したそれは現実には起こらなかった。

「へぇ」

 少年は蹴りを放った場所で、驚いたようにレイシャを見ていた。おそらくはレイシャのとった行動の意味を理解したのだろう。

 もっとも、追撃が止んだ理由はそれではないようだった。闘気維持が続かなかったのだろう。追撃の踏み込みにも、蹴りにも闘気がこめられていなかったのが判断の理由だ。

 さすがにルーク程までには追撃は厳しくないようだった。少年の年を考えれば当然のような気もするが、ハムスが言った少年の価値というものが気になって、取りあえずはルークとの修練に意識をあわせた。

 もちろん年齢を考えればという条件付きではあるが、少年は強かった。実のところ、アサシンギルドの中でも彼に近接戦闘で叶うものはさほど多くはないだろう。レイシャとてルークとの修練の経験がなければ、瞬時に倒されていたはずだ。

(これが彼の価値……)

 納得する一方で、本当にそうだろうかとも思う。

 少年は確かに強い。だが、それは彼の年齢と近接戦闘能力に対しての評価だ。少年がこのまま成長を遂げるとは限らないし、戦い方にこだわらなければ、その戦闘力を封じる手などいくらでも存在する。

 レイシャは近接戦闘から意識を切り替える。距離は十分にとれている。いかに彼の瞬発が速くても、ルークのように相手の不意をつける技術がない限りは簡単には間合いを詰められない距離だ。

 相手が動き出すよりも前に、レイシャは世紀を収束させ、魔術の構成を組み立てていく。少年もそれにはすぐに気付き、すかさず間合いを詰めようと動き出した。

 魔術の発動が間に合うことは解っていた。ルークを相手にしたときですら可能だった距離であるし、更に先制にも成功している。彼がルークよりも速く動くことができない限り、それを阻止するのは不可能だ。

 少年もそれには気づいているようだった。間に合わないと判断すると直線的な強行を断念し、小刻みにステップを踏み、左右に重心を移す。レイシャの魔術の照準を逸らすためである。

 一方、レイシャは魔術を完成させていた。相手が左右に揺れることで照準は定まらないが、そんなことは関係がなかった。どちらにせよ、そこは彼女の射程だったからだ。

「ティア、ウィンドっ」

 目の前の空間に平手打ちを繰り出すように右腕を振る。風が腕にまとわりつき、一瞬で加速する。それはまるで猛獣の爪のように、物凄い速さで少年に襲い掛かった。

「くっ」

 少年がうめくのが聞こえた。レイシャの放った魔術は、疾風の爪を生じさせ、その直線上にあるものを切り裂くものだ。横に払うことで魔術の対象範囲は、少年のステップからの移動範囲を内包していた。

 たまらず少年は上空へ跳躍する。それがレイシャの狙いだと理解していてもだ。思ったとおり、レイシャは上空で迎撃体制に入っていた。右足に闘気を込め、その一蹴が少年に放つ。攻撃を予測していたのだろう。少年も闘気を練り上げており、それを用いて両腕でレイシャの攻撃を防御した。

 だが、衝撃は吸収し切れなかった。闘気を練り上げる時間が足りなかったのだ。少年はそのまま地面にたたきつけられる。そして仰向けのまま激しく咳き込んでいた。

「やりすぎだとは思わないわよ」

 それは側で二人を観戦していたハムスへの言葉だ。見ると、ハムスはにやにやと不敵な笑みを浮かべている。それとは対照的に、少年の幼馴染は顔を青くしておろおろと慌てふためいていた。

「やりすぎ? 別に、そんなことは思ってないっすよ」

 ハムスがそう口にするのと同時に、少女の顔はぱぁっと明るくなる。レイシャは瞬時にそれが意味していることを理解する。

 振り向くと、少年は立ち上がっていた。ダメージは大きいらしく、呼吸も荒ければ足元もおぼつかない。だが、その目だけは先よりも鋭く、そして強い意志に満ち溢れていた。

「やれるの?」

 愚問だと思いながらも、少年に向かって尋ねていた。彼は小さく笑みを浮かべると、こくりと頷く。次に大きく息を吸い、ゆっくりとレイシャを見据えた。

「戦士と戦えるなんて、滅多にないんだ。勿体無いことは、できないよ」

 そう言って少年は駆け出した。今度はレイシャが不意をつかれた形になった。しかしその動きは無残なもので、先ほどまでの俊敏なそれではなかった。

 戦っていいものか。一瞬だけそう迷うが、すぐにその雑念を払った。

 彼らの種族にとって戦士という言葉は重要な意味を持つことは聞かされていた。少年が自分を戦士であると認めてくれた以上、自分にはそれに答える義務があるのではないか。レイシャはそう思ったのである。

 例えそれが年端のいかない少年であったとしても、だ。


<Novel-Room>
Copyright 2000-2010 Hiragi Kuon. All Rights Reserved.