リニアの日記 番外編

レイシャの追憶 第二話 修練の始まり


<Novel-Room>



 ルークと手合わせをするようになったのは、故神祭が過ぎてすぐの事だった。

 話を持ちかけたのはレイシャからだ。初めから彼の尋常ではない能力には興味があった。

 弧扇亭のメンバーという肩書きがあるとはいえ、レイシャは立場的には未だ敵だ。能力の流出にもつながるそれを、ルークが快く引き受けてくれるとは思っていなかった。駄目で元々という感じで、何気なく声を掛けてみたに過ぎなかった。

 だが。

「面白そうだな。俺は同門の人間以外と手合わせなんてした事が無いからな。興味はある」

「え、あ、そう」

 むしろ快諾され、レイシャは逆に戸惑ってしまったくらいだ。

 故神祭の一件以来、ルークの変化については誰もが理解していた。今まで極端に嫌っていた人との触れ合いを始めたり、進んで会話に参加するようにもなった。今回の件も、その結果のひとつなのだろう。

 とにかく、こうしてレイシャとルークの修練は始まった。

***

 ルークと手合わせするようになって、最初に感じたのは、彼が未だ成長を続けているということだった。それも、レイシャがその差を縮まるどころか、開いていると感じているほど速く。

 実際のところ、レイシャの成長は著しいものだった。レイシャに一番足りなかったのは基礎であり、ルークと修練を積むことによって、彼女はその能力を飛躍させていった。

「俺もやってみようかな」

 などとバルクが冗談では済まない発言を、本気で言ってしまうくらい、その成長はめまぐるしいものだったのだ。

 しかし、能力が上がれば上がるほど、ルークとの差が解るようになっていった。差が開いていると感じ始めたのは、そんな中でのことだ。

「別にね、自分がルークについていけるような化け物だとは思ってないから、それはいいのよ」

 本当に良いと思っているわけじゃないけど、と心の中で付け加える。

「ただ、納得いかないだけなのよ。何でレベルの低い私よりも、レベルの高いルークの方が成長が速いのか」

 自分でも愚痴だということは理解しているが、それくらいは許される理不尽さだとは思っていた。愚痴に付き合ってくれているリニアやジェシカが苦笑を浮かべていることからも、レイシャが感じている不条理さに正当性があることが伺えた。

「私はそうは思いませんけれどねぇ」

 だがそんなレイシャに異論を唱える人物が一人だけいた。レイシャと同時期に弧扇亭で住み込みで働くようになったディーアだ。

 普段は雲をつかむようにどこか捉えどころのないような彼女だが、稀にひどく核心を突くような時がある。

「どういうこと」

 何となく気になって、レイシャはその言葉の続きを待った。

「ルークさんは、ばらばらになっていたジグソーパズルをもう一度組み立てているんですよ。もちろん額縁が大きくなったことで、パズルのピースも増えているようですけれど、それはレイシャさんの額縁ほどじゃないと思いますよ」

 レイシャにはディーアが出した例えの意味がよく解らなかった。何かをジグソーパズルに例えているのは解るのだが、脈絡も無く突然そんな比喩をされても、話についていくことができなかった。

 どういう反応をしていいものか困っていると、意外な人物がそれに理解を示していた。

「なるほどな。ルークの強さはキャパシティが増えているわけじゃなくて、元々あった能力を再習得しているってことか」

 それはジェフの言葉だった。何故、彼がそれを理解できたのかは解らないが、ディーアが反論しないところを見ると、それは的を射た回答だったのだろう。

 取りあえず、ディーアの例えよりは解りやすいだろうと思い、ジェフの言葉から話の要点を追ってみる。

 増えているという認識が一致するのは額縁とキャパシティ――容量の二つだ。となるとピースは能力となるのだろう。ディーアの言葉をこの推測で変換すると、ルークは失われた能力を取り戻しており、その強さの容量自体は高まっているものの、その伸びはレイシャのほうが大きいということになる。

 確かに一度習得していたものならば、コツなどもあるのだろうし、向上が速いのはそれなりに納得できる。しかしそうなると一つ別の疑問が出てくる。

「ちょっと待って。じゃあルークは今よりも昔のほうが強かったってこと?」

 必ずしも成り立つ図式ではない。が、ディーアとジェフはそれが当たり前のように話しているように感じられる。

「いや、別にそう言っているわけじゃないけれど」

 そう前置きをしてジェフは言葉を続けた。

「何というか、あいつの強さは歪なんだよ。死神としての能力で戦っていたときも、リニアちゃんと出会った後の戦いでも。俺は見ているだけだったけれど、常に何かが欠けているような、そんな感じがしてたんだよな」

 理屈というよりは感覚的な意見だった。

(これが生粋の戦士との差かしら)

 ふとレイシャはそんなことを思った。

 バルクの陰に隠れてあまり目立たないが、彼も相当な戦闘力を持った戦士である。本気を出し、彼ら特有の能力を使用すれば、今のレイシャでも太刀打ちはできないはずだ。何より、彼らの種は先頭の中に生きてきた戦士の血統なのだ。

「結局のところ、ルークが化け物じみてるってところは変わってないんだけれどね」

 別のことを考えていたレイシャに、ジェシカが苦笑いを浮かべながら言葉を掛ける。

「でも、続けるんでしょう?」

 まるで心を見透かしているように、ジェシカはそう言った。

(そんなに単純に見えるのか、私は)

 半ば反射的に思ったが、レイシャはすぐに頭を切り替えた。ここで彼女の言葉に反発しても得などない。折角のチャンスなのだ。

「まぁ、取りあえずやれるだけやってみるわよ」

 そして、レイシャはそれまで座っていた椅子から立ち上がり、扉へと向かう。

 外では未だルークが単独で修練を行っているはずだ。先ほどよりも多少はましな手合わせができることを願いつつ、レイシャはその扉を開いた。


 ちなみに、その十数分後、圧倒的な戦闘力に蹂躙されたレイシャが、涙ながらに弧扇亭に戻ってくるのだが、それはまた別の話だ。



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