読売新聞 昭和20年1月26日 金曜日
邀撃戦記(4) 白井大尉戦闘日記(三) 会心集中攻撃の威力 往生際のわるいB29


 僚機伍長は、この日つひに基地へ帰らなかった。被弾かそれとも酸素の欠乏か。最後の状況をしっかりみとゞけてやれなかったのが何よりも残念である。

 〇〇の上空で待機索敵中、H伍長は少尉と一しょに自分のそばにいた。おいH伍長、富士山を見ろ…いつものまゝの富士山であるが、自分はそのときふとそんな感慨を催してH伍長の方をふり返ったのを覚えている。
 富士山といふ山は四千、五千と、その標高よりこちらが高く上っていっても、なほ翼のうへに気高く拝される山である。地平線を基準にして飛んでいるからであるが、それにしてもいまこの霊峰のうへにいて帝都をうかゞう敵機を邀撃するわれらの胸中は、真に感無量であった。

 皇土の防衛は絶対である。ひとたびこの霊峰の雪に影を落とした醜翼に、何でそのまゝまたマリアナ基地の土を踏ましてならうものぞ。B29完墜の念願に気負うわれらを、千古不変の富士山はいまもぢっとみまもっているやうな気がした。
 比島の決戦に切々たる思ひを馳せ、華々しい南の空に心をはやらせる部下の心情もわからぬではない。H伍長もそのひとりであった。しかしH伍長よ、この霊峰を…と翼をめぐらしたとき直前方に敵九機編隊が東進してくるのを発見した。

 敵発見の報告をおこなって直ちに少尉、伍長と共にこれを前方から襲撃した。第一撃は高度差が不足して有効といへなかったやうである。併しすかさずとびこんだ第二陣の少尉の編隊が、一撃にして敵二機に火災を発せしめた。会心の切り込みであった。一撃で二機。苦心の集結威力が火を噴くのはまさにこのときである。

 八王子上空、機関車のやうな黒煙を流して高度を下げてゆく一機に、逃すものかと必殺の第二撃を浴せかけた。そのとき、ひらり黒煙のうへに姿を硯はした友軍機が、吹き矢のやうな白い影をひいてB29の背面に突っこんでいった。速度の極点、ピカッとひらめく一個の光に変じたと思ふ一瞬、敵機の右内側発動機がぐさッと機翼を抜けて中空に吹っとんだ。体当りであった。わが体当り機も片々たる雪と砕けて蒼天に散乱した。機上に黙祷し、わが身のなほはるかにその体当り操縦者に及ばざるを恥入った。
(体当りしたのは霞天隊のY曹長であった。発動機を一つもぎとられた敵は、それでもしばらく安定を失はず、わが集中攻撃を浴びながら東京湾まで逃れ、そこで錐揉みとなって海中へ突入した。このB29の安定性には一驚を喫した。いや実に往生際の悪い奴である)

 H伍長のいなくなったのは、この第二撃をかけたころだったと思ふ。ふり返ってみると、いつもぴったりついてくる彼の姿がみえなくなっていた。どんな悪い状況の下でも、披はけっして自分のそばからはなれたことはない。長機にとってこれはどれほどうれしく、たのもしいことはないのである。そして飛行機の性能の一様にゆかない高々度では、この「追随」といふことが実に困難であると同時に、また敵必墜の第一用件でもある。

一月三日
 敵編隊に頭から突っかけると、何を思ったか一番機が急に南に転進して、一散に洋上へ走りだした。あとからきた四、五機は、前にたった長機のこの無茶な回避にふみとゞまることもできず、そのままの姿勢でだーッとかなり行きすぎてから、いかにもあわてふためいて、てんでにもうずっとはなれた洋上の長機を追ひだした。その虚をとらへて、こちらは烈しく駆り立てた。

 いまゝで何回か目撃したところによると、敵の編隊は相当堅固である。必死になって体型保持に苦心していることがわかる。しかしわが高射砲の弾幕にぶつかるとよく足並みが乱れ、ことに一番機が無理な機動をするとあとからゆくのがすぐにうろうろしだす。並行して追撃するやうな場合になると敵はさーッと反対側に外れ、高度と速度をあげて一散に逃げのびようとする。

 編隊の両翼にいるのがとくによく動いて、烈しい火網を構成することも事実である。側方から攻撃をかけると左右にいるのがずーッと一番機の下へ入り、順々にかさなって、ちゃうど開いていた傘がだんだんしまってゆくやうな体型をとる。火力を増大させるためである。反対に極く稀にであるが、こちらが下方に出たりすると、今度は扇を一ぱいに展げるやうに間隔をひらいて左右に展開する。

 高々度におけるB29のかういふ操縦性能や機動性はたしかに敏感である。しかしそこに一定の限度がある。その限界をわれわれは、はっきりつかみとった。すぐる幾度かの戦闘で、われわれはこの敵の長所と弱点を確実にわがものとして戦ひとったのである。それがけふの遊撃戦で一挙に爆発した。

 部隊の戦果実に撃墜五、撃破七。このうちにわが隊に属する撃墜三、撃破二も含まれている。傷ついた一機をかばひ、高度を下げ、速度をくわへて遁走しようとする敵七機編隊に対し、わが隊は戦訓を生かしきって平素の訓練どほり、概ね三機による整斉たる逐次攻撃を実施し得たのである。

 僚機両伍長は、つねに自分からはなれず立派に戦ってくれた。七機編隊の後尾にやゝ遅れた二機をまづ血祭りにあげ、さらに逃げるを追って洋上遠く百キロ附近まで進出、いまは全く戦意を失ひ砲座も沈黙してしまった敵機に思ふ存分の弾を食はせてやった。そして黄色い迷彩のほどこした翼の背面を乗りこえ、ジュラルミンの生地そのまゝの下腹郡に接近したとき、その片翼にまざまざと大きな星の標識をみた。こちらの戦闘機がすっぽり入りさうな白い枠にだかれたその敵米の星に、伍長!貴様の仇はうったぞ、と、のこりの全弾を叩きこんだ。生きん事のみに狂ふ三つの落下傘が蒼い海にとび出すのを認めた。(日記終り)


新聞記事と244戦隊へ戻る