読売報知新聞 昭和20年1月24日 水曜日
邀撃戦記(3) 白井大尉戦闘日記(二) 必墜の自信沸く やむにやまれぬ体当り


 二回、三回と邀撃をかさねてB29が我々にとっても決して不足のない敵であることがわかった。敵の技術は恐るゝに足りない。しかしB29の性能はたしかに亜成層圏の戦闘を一般の想像以上に自己のものとしていた。
 だいたい高々度の航空戦では、攻撃する爆撃機の方が邀撃する戦闘機よりも有利であるといふのが一般的な常識である。大型爆撃機ならば、たとへば気密室の中で身軽な乗員がほとんど地上と変りなく悠々と活動できるのに対し、邀撃戦闘機にそんな重装備はいまのところ恐らく不可能であると敵は考へている。
 然し攻防は常に相対的に進歩する。これが断定できるものをもっている。身軽な戦闘機の困難をなんとか克服して敵に勝たなければならないのが戦争である。
 邀撃から又つぎの邀撃へ、必死の対抗策と整備と訓練を急いでつひに十二月二十二日、白井隊はまづ隊長がまっさきにB29撃墜の??????をつかんだ。

日記 十二月二十二日
 冬の高々度の偏西風は特にひどい。けふも所要の高度まで上ると風速百メートルをこえていた。高々度ではどうしても馬力が落ち速度が鈍るから、これ以上の烈風に逆行すると飛行機が前に出ないで一点にぢっとしているやうに思ふことがある。翼がいつまでたってもひとつの所にぢっと止っているので気がつく。いや、うしろへとび去るべき地面が、翼の前へ前へと現はれてきて飛行機自体としてはそのときの風速を自分の速度にして確かに飛んでいるが、対地的に速度零となり進行をやめ流されるといふことになる。戦闘となれば、敵味方お互いになるからさして困らないが、西に向って待機索敵する場合、この偏西烈風にはひどく手古ずらされる。

 けふなどもそれで、索敵にずい分苦痛を感じた。索敵に失敗すれば攻撃は成立しない。一瞬でも早く敵を発見し良好なる占位点にたって攻撃を実施しなくてはならない。良好なる占位とはまづ第一に制高の利を占めることである。高度差がなければ、つまり敵よりもつねに高いところにいなければ高々度において有効なる攻撃をかけることはまづ不可能に近い。高度は直ちに速度であるといふが、操縦性能の低下する高々度ではその意味が一層切実である。早く高度をとり、早く敵を発見し制高の優位から一撃で必ず火を吐かすやう、近迫攻撃することが絶対に必要である。

 吹きつのる烈風の中で減退する視力と無線で口をきくのもいやになる息苦しさと戦ひつゝ、この大切な索敵のために、けふも一生懸命、われに高々度の超高速戦闘機が一日も早く出現しなければならないと心に念じた。上りさへすれば、自由自在に敵をつかまへられ自分の好むところで敵と渡りあへるごとく考へている人がまだあるかもしれないが、六、七千までなら兎も角、九千、一万、一万以上の高々度でそんなすばらしい芸当のやすやすできる戦闘機はまだどこの国にもない。

 しかし、ないではすまされないのが戦争であり、責任である。日本を護り抜くためにアメリカを撃滅するために、その不可能を是が非でも別途に打開しなくてはならないのだ。烈々たる闘魂と必死の猛訓練は、短期間にその不可能を可能にしつゝある。そしてそれでもなほ足りないと観じたとき皇軍の精華、日本独特の軍人精神が、三千年の歴史を負て燦然たる光を発する…最も確実なる成果を覘ふ伝統の白兵戦であり、体当りである。

 白井大尉はいっていないけれども記者がもう少しその意を忖度すれば、やむにやまれぬ大和魂の体現であり、日本人のみがもっている血の中のもの、他国民にはどうしても真似のできない体当りである。はっきりいふと「一機体当りではない」。飛行機が当たるのでなくて日本人の血の中にある正しいもの、強いものが体当りするのであると思ふ。

(中略)
 ○○時○分 基地の西方で逐次高度を下げ、南方に脱去しようとするB29七機編隊を発見。烈風に抗する長時間の索敵、いま自分のそばにいるのは僚機鈴木伍長のみ。しかしけふこそ敵をしとめなくてはならぬ。発見が早く、高度差もまづ十分。編隊の左端にやゝ遅れた一機を目標とし、○○方から左内側の発動機をめがけて思ひっきり突っこんでいった。

 〇〇メートルから撃ちだして○メートルまで近迫した。近迫近迫、虎穴に入らずんば虎児を得ず(注 眼鏡の中に敵の機体が見える時間はまだ発射しない。敵の操縦者とか発動機のみが大きく眼鏡の中にクローズアップされてから初めて発射する。これが日本の射撃である)
 何くそッとなほ○○メートル浴せかけて直下に離脱した。あゝねらった発動機が火を噴いている。黒煙交りのやうに太い長い火をひいてぐんぐん高度を下げている。その真ッ赤な火の帯を目がけて僚機鈴木が遅れじと烈しく追撃していた。洋上を旋回して第二撃をかけようとしたとき、鈴木の一撃でもろくも海中に突っこむ宿敵B29をはっきり認めた。これがわが隊の最初の撃墜戦果であった。やはり二機の逐次攻撃が成功したのである。墜してみると案外もろい敵であった。必墜の自信が自然として心一ばい溢れてくるのを感じた。(つづく)


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