読売新聞 昭和20年1月23日 火曜日
邀撃戦記(2) 白井大尉戦闘日記(一) あったぞ手応へ かくて勝てり 高々度の空中戦


 ルソン島の決戦を有利に導くためにも、B29の邀撃戦はますます強化されなくてはならない。この二つの作戦をきりはなして考へ、B29の本土空襲を軽視する人がありとすれば、それは今次の戦争が最後は生産力、補給力の戦ひであるといふ本質に目をそらすものである。

 昨年の十一月から十四日までに、帝都および中京附近において、すでに十一回の敵機邀撃戦が行はれた。そして敵の爆撃が、初期においてわれわれの想像したところよりもずっと無力であり、最近に至ってむしろ低調、混乱の色さへ現はしているのに対して、わが方の戦果は、撃墜破とも回をかさねるごとに確実に増加している。

 しかしこの事実も、けっしてB29の邀撃戦を楽観してよい理由とはならない。わが制空部隊の辛苦?胆の研究と猛訓練が、いまこの段階において一歩敵にさきんじているといふにすぎない。ちょっとの油断も、たちまち彼我を逆転させる、これが航空作戦の特異性でもある。高々度の空中戦は、もうながいこと世界の課題であった。しかしそれをほゞ純粋な形ではじめて実戦にもちこんだものこそ、B29であり、わが邀撃機である。新春以来、本土の各制空基地に従軍して、記者は、地上勤務者をも含め、わが制空部隊がいかに言語に絶する苦心してこの新しい戦争を戦っているかを日夜目撃している。

 三日の戦訓は九日の戦闘に生かされ、九日の失敗は直ちに十四日の邀撃において訂正される。皇土の防衛をかけ、しかも未知の分野が多いからその進歩改善の速度は装備においても戦法においてもみていて恐ろしくなるほど烈しい。飛行機生産者も科学技術者も、また官民一体の防空陣も、このもの凄い車の速度に是が非でもぴったりついてゆけなくてはならない。否これを推進してこそ航空決戦の勝者たり得る。

 邀撃戦から降りてくると、すぐにまたつぎの夜間の高々度邀撃演習に舞ひ上がる戦闘操縦者の練磨は、つぎに敵がうってくる手を想像してつねにさきへさきへと廻ってゆかなくてはならぬ。空を仰いで、けふは友軍機の数が少なかったやうだとか、けふは何機撃墜して何機撃破したらうなどといっている人たちに、日常せめてこの実戦部隊の半分の努力がほしいと思ふ。この切なる願ひから、こゝにB29邀撃に赫々たる戦果を挙げている○○部隊白井長雄大尉の戦闘日記を紹介する。

 白井大尉が実際に書いたものは専門にすぎるし、そのまゝではなほわれわれの窺知を許されないので、記者が大尉の説明によってあらましを抜き書きした。

 白井隊の戦果は短期間に克く敵三機を撃墜し四機を撃破した短期間における戦果の新記録である点を注目され、以下の日記も、初陣十一月二十四日の戦闘以来、どうしてこの短期間にこゝまでのびたかといふB29完墜へのたゆまざる精進努力のあとを示している。しかしわが本土邀撃が敵基地の攻撃と相まって、B29の補給を断ち得るかどうかはなほ今後にかゝってをり、それはまた比島決戦の推移に少なからざる影響をあたへるであらう。

日記 十一月二十四日
 早朝から烟霧の濃い日であった。B29の編隊がつひにこの帝都へ侵入した。
九州の教訓によって、だいたい敵の高度の見当はついていたがそこまで上がるけふのもどかしさ。遮二無二夢中になって上昇中、まさに東京上空にかゝらうとする敵の七機編隊を頭のまうへに発見した。想像より敵はかなり高い。高度差が大きく、このはじめての貴重な得物にどうしても近づけない。さらに千メートル上ったが、気ばかりあせって意外に時間を食ふ。

 実際にぶつかってみると、まだまだ心構へも、飛行機の研究も要する。後続の敵機に対してもこのため横へ横へとそれて最後まで有効な攻撃を実施することができなかった。生存を絶対条件とするB29の火力は相当なもので、うっかり攻撃をかけたらこっちがやられる。地上にみえる敵機の爆撃効果が気にかゝり、すまないすまないと機上で一人地団駄を踏む思ひであった。B29の第一印象は、たゞ大きい、といふことだけが頭に灼きついている。なんといふ馬鹿でかいやつだったらう。まさかあれほど大きいとは思はなかった。

十二月三日
 七十機内外の来襲に、全機勇躍して出動。高度も方向も敵は想像したとほりの状況できた。みんなかたくかたまっておれについて来い、と命じて上昇の舵をひいた、一機はなれてバタバタやっても、それはたゞガソリンの無駄使ひにすぎぬ。上るといきなり敵編隊に遭遇、好敵御ざんなれと?刀一閃とびついたが、またもやや遅れていたため第一回は後方からの接敵になる。

 敵の後方火力がたちまち烈しい火蓋をきった。それをくゞって、真一文字に追撃してゆく。そのときの気持ちは全く無念無想、といふよりもたゞ一心に神仏を念じていたらしい。
こっちがさきにゆくか、何が何でもこいつ落さないで置くべきかといふ信念一切が天命であるといふ気がした。

 まッ白い弾幕をバッバッとあとにのこし、敵はしきりに速度をあげて逃げのびようとする。その尾郡のあたりの空気が、連続不断に荒れ狂ふ火網でぼうッと白熱した赤色にそまっていた。気がつくと、自分の翼の附近にも、火をふいてとんでくる敵弾が一ぱいに炸裂している。それは無数の赤銅線を切ってばらまいたやうな具合であった。

 あたってたまるものかと思った。さう思ったとき、一瞬の時が流れてお互にさッと喧嘩わかれになってしまった。敵も相当な速度をもっている。機首をたて直して後続の十一機編隊にたち向かふ。その一番機に対し、概ね側方からはじめて有効な第一発がかゝった。はっきり手ごたへがあったが、敵の編隊はくづれない。下方に離脱してふり仰ぐと、僚機畑井伍長が同じ目標に烈しく突ッこんでいる。
 バッと敵機に黒煙があがった。やったぞ畑井、よくこゝまでついてきた。これはあくまで長機にくっついてゆかうとする烈々たる闘志の問題である。それにしても力一ばいに戦ふ高々度においては、みんなの飛行機の性能が平均してよくなければならない。(つづく)


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