第77振武隊


役種

氏 名
期 別
原所属部隊
摘 要

少尉
須山佳市
特操1
39教飛
4/28 1650 知覧

伍長
長谷川榮七
少飛13

    〃      徳之島不時着生死不明(中埜曹長の言)


金子 誓
少飛14

在徳之島 4/29 0500 徳之島 


本間忠男


4/28 1650 知覧


秋村友芳


在中ノ島 4/28 1650 知覧出撃後、中ノ島ニ不時着


相花信夫


5/4 0530 知覧


三枝英明
少飛15

4/28 1650 知覧


中 秀夫


    〃


鈴木三男


    〃


木村正碩


    〃


寺尾正通


    〃


西嶋重利


原所属ニ転属(5月5日附)

 須山少尉と長谷川伍長は、戦後作製された特攻戦没者名簿では「4月28日特攻戦死」と記録されているが、振武隊員現況不明者調査表では、両者について「4/28 知覧ヨリ出撃。徳ノ島ニ不時着、爾后不明ナリ」。また振武隊異動通報では、長谷川伍長について「6月13日現在、在徳ノ島」の記載がある。
 しかし、同7月6日付の情報では、長谷川伍長は「
同行金子伍長ノ言ニ依レバ、4/28中ノ島附近ニ不時着セル模様ナリ」と記載されている。
 長谷川機は中之島に、須山機は徳之島への不時着を視認した金子伍長は、自身も着陸した徳之島でこの情報を言い残し、翌朝再度出撃して戦死。その情報が7月になって徳之島から帰還した隊員により改めて司令部に報告され、須山、長谷川両者のその後の生存情報も得られなかったことから、終戦後に特攻戦死として事務処理されたものと思われる。




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