朝日新聞 昭和20年1月11日 木曜日 07.4.1
新戦法のB29に逆手 敵の巨翼真二つ 体当り生還の高山少尉


 「別に死に急ぎを志しているわけぢゃないがけうも体当り失敗さ…」「なんだお前もか」帝都防衛戦闘隊の某基地。つい一時間程前はB29と烈しい空戦を演じ帝都の空に白墨でぬたくったやうな飛行雲を残した勇士たちがピストの前で車座になって語っているのである。

 九日来襲したB29邀撃でこの戦闘機隊が墜したもの三機、サイパンまでは帰還不可能とみられるほど大破させたもの三機の戦果を上げたが、撃墜三機のうち二機は体当りによるものであった。
 ピスト前の高笑ひの声が続いているところへ額に一寸程の絆創膏を張った高山正一少尉がヒョッコリ帰ってきた。「なんだ高山少尉も生還か」と哄笑が沸く…。
 高山機は帝都西部上空で体当りを敢行、敵機の巨翼を真っ二つに叩き折り自機も錐揉み常態になり落下傘から脱出したのは認められたが、基地の戦友たちからその安否を気づかわれていたのだ。

 この基地からは既に体当たり生還勇士をこれで四人出している。われわれは簡単に体当りなどいうが、勇士たちの語るところによるとB29との戦闘には体当り技術は非常な困難なものらしい。しかしこれを敢行すれば敵機は必ず落ちるのであるから死を眼中に置かない若鷲たちにとっては非常な魅力であるのだ.

 「敵はけふ新手の戦術で来ましてね、エエこいつ味をやりをるなと思って癪にさはりましたから、その反射運動に突っ込んでやりました」高山少尉(福岡県出身23歳)が語るこの日の体当り戦記は、B29の新しい性能と度重なる邀撃戦で得たわが荒鷲独自の戦法ともいふべき凄絶な空中戦術を物語るものである。

 甲府方面から侵入する編隊を邀撃するべく私は西進していました。14時16分立川上空高度○千で敵三機とカチ合いました.いきなり三機の向かって右翼機へ○百メートルくらい近づきドッと火網を浴びせました。するとB29め急に垂直旋回に移り実に巧みに私の弾丸を避けたのです。槓桿は自然に自機を宙返りさせ再び戦闘体制に入らせてくれました。敵機はこんな退避運動をやったゝめ僚機から離れ、自分には他機からの射撃はなかったように思います。自分も上位置の水平飛行に入ると敵機も機種をたて直しやゝ前方下に巨大な翼を張っていました。

 こゝで二回目の攻撃をかけたのですがまだだめ.又火砲を浴びせようと思ひ少し機首を下げますと自分の機の方が速度が大であったゝめ、今度はB29の真下に来てしまったらしく敵影が全く見えなくなりました。この時は高度差もほとんどなく敵機に私はかぶさったまゝで同方向の飛翔を続けていたわけです.

 馬乗りになった中野機の事を地上へ降りてから思ひ浮べたのですが、この時は私もこまったが敵もこまったと思ふ。○○メートルに近い偏西風のため私の機も動揺したが敵もあふられたらしく急に巨翼の一部が眼に入った。お互いに射撃角度は零で撃ちやうもない。こんなことをしていては勝負はつかぬと考えるにつけてもさっき待避された癇癪玉が爆発して畜生めを地獄のお供にしてやろうと思った。

 私の槓桿は自然に機を上昇させかなり昇ったと思ったところでガクリ機首を下に向けた。案に違はず降りてゆく眼先に四つの発動機がカッと顔を掩ふやうに近づいた。ガリガリと噛る音と衝突の振動は同時に体に感じられたがそのあとしばらくは意識はなかった。はっと気がつくと機は別に破壊されず錐揉み常態で落ちて行く途中にあった。

 風防ガラスから外を覗くと物凄い火の塊が自分と同じ速度で落ちて行くではないか。火焔の向う側には更に発動機が二個ついている。折れた大きい翼が舞ひながら落ちていく。明らかに体当りは成功だと判った。こんな判断がつくと急に自分が生きていることを自覚し錐揉み機から脱出を計った。

 まづ風防ガラスを開けたが風圧が強く体が外へ出られない。やっと出たと思った瞬間腰のあたりに引っ掛かるものがあってだめだ。これは死ぬなと思ったがもう一度垂直に落ちていく機へ入りなほし、こんどは座席を両脚で強く蹴って脱出に成功した。

 三千ぐらいの高度でガクリと背に重みを感じ開いた落下傘の上から悠々と黒煙を上げて燃え続ける断末魔の敵翼を眺めて降下したが、自分はこの日の不思議な空戦をもう一度思ひ直して、幼年時代のメリーゴーラウンドを思ひ浮べながら着地したのだった。


敵主翼を吹飛ばす 丹下少尉壮烈な体当り

 この日基地を羽ばたいた震天隊の一機、丹下充之少尉機は学究の名誉も高く帝都上空で見事な体当りを敢行、醜翼を火達磨と化し、みずからも悠久の大義に殉じたのである。この日基地を同時に編隊離陸した僚友佐藤准尉から空中で見届けた丹下機の最後を聴く。

 14時28分、小金井上空で敵の八機編隊に遭遇、前面からわが編隊の攻撃が始まった。左前にあった丹下機は八機の左後尾機に襲ひかゝったが、失敗したと見るや反転して今度は後上方から右翼後尾機へ食ひ下がっていった。
 非常に有利な攻撃位置にあったが真上から火砲を全弾叩き込むと見るやB29の胴体あたりから白煙が少し流れたがそのまゝ異常なく前進する敵機を認めるや、ぐっと接近しそのまま機首を敵の左翼外側発動機に突っ込んだ。瞬間敵機は翼から一面の火を吐き直ちに空中分解して落ちていく。白煙と黒煙と火焔がパッと空一面を掩ったなかに丹下機の姿はなく、はじけ飛んだ半開の落下傘が煙のなかを下に降下して行く。

 自分はおもわずあっ丹下少尉だと叫んだ。少尉は突っ込んだ瞬間既にこと切れていたのか落下傘は白い糸を引いてつぶてのやうに落ちて行く。自分の機は弾も撃ち尽くしたのではるかに開かざる落下傘を見守って旋回し、自分はこの煙の中を突っ切って基地へ帰って来たが、空中分解したB29は畑に落ちて30分も然え続けていた。


六機撃墜破 海洋遠く追い撃ち 【某基地にて新田特派員】

 「数目標本土に近接しつゝあり」の情報に勇躍基地を飛び立った帝都防衛の○○航空部隊はまたまた三機撃墜、三機撃破の輝く大戦果をあげた。殊勲勇士の戦闘状況は次のとおり。

 安藤善良伍長(千葉県) 江戸川附近上空から八機編隊から遅れた三機を追尾、猛撃を加へ銚子沖へ叩き込んだ。同伍長は冷却器を撃ちぬかれ某基地へ不時着したが無事帰還した。
 小林隊長 14時15分三鷹附近上空で東南進中の三機編隊を発見、小金井町上空から鹿島灘まで攻撃また攻撃を続行、一機を撃破白煙をふかしめた。小林隊長機は愛機に数発の敵弾を浴び発動機が停止したので某基地へ不時着同夜無事帰還した。
 市川忠一少尉 14時15分三機編隊の左外側機を攻撃、発動機を撃破した。


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