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弐/蜩、鳴きながら。 
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「……よし」

 ここは各自が好きな時に訓練できるように設置された訓練所。朝早くなので現在は誰も居ない。雪那の目の前には黒い玉が浮いている。これは魔力を込められた鉱物で、少しの衝撃では簡単に壊れないように作られている代物だ。隊員たちは普段、これに向かって接近戦の打ち込みを行い訓練している。隊員は一人につき一個あれば十分なのだが、雪那の周りには、三十個。

「ふっ!」

 普通のヒトには見切れない速度での抜刀術で玉を切り裂く。それだけでは止まらず、さらに斬撃を放つ。

「はっ!」

 右、左、上、下、突き。ありとあらゆる方向から最短距離をもって全ての玉を切り裂いていく。斬撃は止まることが無く、離れて見れば文字通り雨のような斬撃だ。

「ラストッ!」

 その声と同時に最後の玉が真っ二つになる。切断面は全て、機械で切られたかのように歪みが無く、滑らかに切られている。たった十四歳にして完成された剣技を持つ雪那ならではの芸当だ。わずか三十秒ほどの出来事にも関わらず彼は汗一つ掻いていない。

「まあこんなものか。日々の鍛練、怠るならばそれは死を意味するぞってな。師匠の受け売りもすっかり板についたな。おーい、もういいぞ。覗かないで出て来いよ」

 そう言って誰もいない物陰に声を掛ける。するとそこから瀬里奈が出てきた。

「なんだ、知ってたのか。つまんないの」

「ああ。ヒトの気配なんてものは消したつもりでもなかなか消せないものさ」

 はあ、と瀬里奈は息をついてから拳を構えた。

「ちょっと付き合ってよ。準備運動も兼ねてさ」

 瀬里奈と手合わせをするのは久しぶりだ。もっとも、今までこちらが負けた事はないが。

「いいぜ。あんま手を抜かないでいくとしよう」

「上等よ!」

 瀬里奈が地を蹴って距離を詰める。二人の距離は一瞬でゼロになり、そこから瀬里奈の右ストレート。

(……早い!)

 雪那が予想していた以上のスピードだ。だが見切れない速度ではないため、その拳を右後方に避ける。だが――

(!?)

 その瞬間に左側から鞭の様にしなる左の拳。驚いてとっさにガードするがそれによって隙が生じた。そこを見逃さず瀬里奈はさらに距離を詰めようとしたが、

 ダンッ!

 地を蹴る音。

「えっ?」

 今度ふいをつかれたのは瀬里奈だった。ガードしていたはずの雪那はそこにもういない。既に動きを止めていた右腕のさらに上。「溜め」の動作なしでいきなり上空に飛んでいた。逆さまの体制の雪那がそのまま首をつかみ、地面に叩きつける。

「きゃっ!」

 あまりにアクロバティックな動きについていけなかった。さすがにこれは不意を突かれてしまったと瀬里奈は雪那に降参する。

「降参、降参。まったく、本当にすごい動きするわよね。溜めの動作なしってのがまたねえ?」

 素直に尊敬の意を込めて言ったつもりだが少々皮肉っぽくとられたようだ。

「ま、そういううなよ。これでも並みの修行を受けてきたわけじゃないからな。まず師匠がとんでもない強さを持ったヒトだったからさ、対抗するには基礎を徹底的に鍛える必要があったんだ。おかげで今みたいな動きは筋肉が離れたりしないでついてこれるようにまではなった」

 とんでもない話だ。たった十四歳でここまでの動きは見たことが無い。自分もテュッティもかなりできるほうだが普通の訓練では絶対にああはなるまい。そこまでの高みに辿りつけるには間違いなく才能も必要だ。というか今の話からすると。

「……あんたの師匠ってさ、どんなヒト?」

 こういう質問になる。しかし雪那は迷わずに即答してくれた。

「化け物だ化け物。いつまで経っても外見は若いままだし実力は間違いなく超一級。俺なんざ今まで一撃すらまともに入れたことがない。最高でかすっただけか。最終奥義の継承の時なんてわざとこちらにできるように討たせておいて笑いながら捌きやがった。あれじゃあ最終奥義を継承した自信もなくなるっつーの。しかも――」

「……あ、あの、雪那? ちょっと落ち着いたら?」

 いきなりまくし立てて話す雪那に瀬里奈はストップを掛ける。ここまでベラベラと喋る雪那は珍しい。余程この師匠の事が印象深い、というか頭の中に残るヒトだったのだろう。それに雪那ですら手玉に取られるとはただ事ではない。

雪那の実力はまだ伸びる可能性があるとはいえ間違いなくトップクラスだ。その雪那がかすらせただけとは化け物というのも嘘ではなく本当なのだろう。

「む。おお、なんかまくし立てすぎたな。そういえばあのヒトは六歳から俺の親代わりでな、いいヒトには違いないがどーもからかって遊ぶのが好きだったらしい。ロールキャベツを飯で出されて本当にキャベツの太巻きだけが出てきたときはさすがに俺もキレたな。それに十一にもなってから風呂場に裸で乱入してくるし。健全な男子にあれはきついっての」

 また話が始まる。これはおさまるまで待つしかないようだ…ん? 風呂場できついって言ったよね。まさかとは思うけれど。

「師匠って女のヒトなの!?」

「? ああ。言ってなかったっけ?」

「知らないわよ、そんなこと。みんな男だと思っているよ」

「ええ? そうなのか……。言ってない……かも。確かに」

 雪那は根本的なことを忘れていたようだ。いまさらになって頭を抱えて行動を思い返している。しかしこの事実は瀬里奈には意外すぎた。てっきりごつい男のヒトかと思っていたのだ。多分他の連中もそう考えていただろう。女の人でそこまですごいのは千鶴姉以外にはいないと確信していたが、上には上もいるものだ。

「はあ。すごいヒトに教わってたのねー、あんた。ううむ、これはテュッティに報告の必要ありね」

「は? なんでテュッティが出てくる」

「え? あ、あはは。何でもない、うん」

「?」

 そろそろ時間も押してきているので、首をかしげる雪那を置いて瀬里奈はそこから立ち去る事にした。

「後片付けしておきなよ。そろそろ時間も近いから、私はこれでね」

「ん、ああ。また後でなー」

 何か逃げられたような気もするが。まあこれはこれでよしとしよう、と――

   ひぎゃああああああああ……

 ……今のロイの悲鳴は無視する。関わってはいけない。俺は、知りません。
 そして出発の時間になり。また身体が焦げているロイを無視して雪那達は出発した。



人生なんてものはいつも唐突だ。予想ができる人生が無いからこそヒトはヒトでいられる。だから選択肢があるときには自分で選ばなくてはならない。いつでも選択できるとは限らないから。逃げる事もいつでもできるわけではない。「逃げる」という選択肢があること事態、まだ選択肢が残されていることに他ならないから。
……でも、自分の知らないところでいつも事態が進んでしまっているのなら、どうしたらいいのだろう。最後に、逃げるどころか、足掻く選択肢も、与えられていなければ。ただ、泣いて、終わるだけなの、存在なのか――?


弐/蜩、鳴きながら。(完)


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