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弐. 伍章 『 秀、 劣、 生、 失。 』
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 遺跡の中は狭くはなく、一つの部屋や通路が比較的広めに造られていた。しかも長年の自然災害のせいかほとんど天井がなく、日の光が差し込んでいるため中も明るい。探索するには苦にならない環境だ。

「一つ一つが広いと内部構造もそんなに複雑じゃないね。これなら万が一の時は各自で脱出できそう」

 テュッティがそう話す。確かに、道は迷うほど複雑でもないし、最悪天井から上に出れば外には出られる。退路の心配はあまりしなくてもよさそうだ。しばらく歩くといきなり広い部屋に出た。床には魔法陣らしき跡がある。儀式用か実験用の場所だろう。

「カーマイン、ここが?」

 雪那が訊ねる。

「いえ、このさらに奥に道が分かれているポイントがありまして。ここは特に魔力が残っているわけでもなく今はただの広い部屋です」

「そう。なら先に進もうよ」

 問題が無い事を確認してから先に進もうとする。部屋の出口の前まで全員が移動した時。雪那が、足を止める。それを見た瀬里奈が訊ねる。

「……? どうしたの、雪那」

 すると雪那は――

「来たか。思っていたより早かったな」

 その台詞に他の全員が緊張を走らせる。すると部屋の入り口から一人の男の声がした。

「ほう。気配は絶ったつもりだったのだがな」

 ――男が、姿を現す。高い身長と鍛え上げられた筋肉。そして身の丈程もある大剣を背負った男が。姿を確認したカーマインが名を呼ぶ。

「バルム……タルシス!ついに来たか……!」

 名を呼ぶとバルムは喜んだ表情を見せる。

「ふふ、やはりそのコートはあの部隊の者か。チカラは保持している結界のせいで決着がつかなかったが、それを抜きにしても相当できる男だった。普通のヒトとはいえお前らもかなりできると聞いている。楽しませてもらうぞ」

 最悪の展開一歩手前だ。これでレイポイントから魔物が溢れ出れば挟み撃ちにあってしまう。

「副隊長と隊員はレイポイントを優先しろ。こっちは俺達だけで相手するから」

 雪那が当初の予定通りに事を運ぶ選択をする。

「うん。気をつけてね、テュッティ」

「大丈夫、ちゃんともたせるよ」

「では、雪那隊長」

 他の者達が先に進む。するとバルムは顔をしかめる。

「なんだ。残るのはお前達三人か。全員まとめてかかって来てもかまわんのだぞ?」

 少々不服なようだ。

「まあそう言うなよ。こっちはこっちで仕事あるからさ、俺達で我慢してくれ」

 雪那がそう言うとバルムはニヤッと笑いながら大剣を抜いた。

「ふっ。いい度胸だ、小僧。戦場に立つ以上覚悟はできているのだろうな」

「ああ。完全にそっちを殺せなくとも、まともにやれないとは思ってねえよ」

「なめていると痛い目見るかもよ?」

「こちらは手加減などするつもりは毛頭ない。バルム、簡単にはここを通さんぞ」

 こちらも各自が戦闘体制を取る。

「いいだろう。戦士たるものに手を抜くのは失礼というものだ。簡単に死ぬなよ……!」

 部屋が闘気で満たされる。三人と一人が、地を蹴った――


 森の中をさらに二十分ほど歩いて行くと。突然、真上から声がした。

「ふうん。あんたらか、ここの先に用があるのは」

「!」

 急いで上を見上げる。すると木の枝に乗っている女が一人。ロングコートに魔眼を隠すための目隠し。特徴的な姿の女は何者かすぐに知れた。千鶴が名を呼ぶ。

「ミリア・マクウェル! やはり来ましたか」

 咄嗟に隊員が魔法を放つ。だがミリアはそのまま上空に飛び上がり、魔法を放った隊員の目の前に着地した。

「ぬるい。もっとうまくやれ」

 その台詞を言い終わる頃には隊員の心臓が抉り出されていた。一撃で身体を貫通する強力な力。「規格外者(ノンスタンダー)」の名は伊達ではない。他の隊員が慌てる中、一人の拳がミリアの懐に伸びる。

「!」

 予想以上にいい動きをする。間違いなく直撃を狙ったコースのため、さすがのミリアも一度大きくジャンプして距離をとる。拳を放ったのはロイだった。

「隊員は先に行け。どのみちお前達では相手にならない」

「ええ。ここは私とロイに」

 この奇襲にも関わらずロイは一番冷静だった。的確な指示を出し、隊員達を落ち着かせる。部隊を仕切る司令塔としては優秀である。それを見たミリアは感心の声をあげた。

「へえ。あんた司令塔としてはかなり優秀だね。あたしも組織率いているから解るけどさ、奇襲されて慌てた奴らを落ち着かせるにはやっぱりまず、上の立場にいる自分が冷静じゃないとね。しかも腕も十分にたつようだ。油断できないな」

そう言って魔宝具「ストレンジ」を構える。「ストレンジ」は鞭の形をした魔宝具で、相手の動きに反応して動く特徴を持つ。

「あんたら二人だけで来な。雑魚には興味が無い」

 これは中々都合がいい。だがロイは疑いもあるため質問をする。

「いいのか? 俺達の目的はレイポイントだぞ」

 するとミリアは口を歪めて笑う。

「あたしの部下も向かってるよ、別ルートからね。ここで開放すれば下の街、潰せるからねえ。あの連中、うるさくてしょうがないから殺すことにしたんだ。魔物使ってなら手を煩わせなくてもいいからね。こっちが早いか、お前達が早いか。楽しむとしようじゃないか」

 この話に千鶴とロイは驚く。レイポイントを意図的に開放するならば少し魔力が強ければ簡単にできる。

「あなたはゲーム感覚でヒトを殺すのですか……!」

 千鶴が怒りをあらわにする。彼女の最も嫌いなタイプだ。怒りですでに抑えきれなくなった魔力が光の粒となって身体の回りを飛んでいる。

「! あんた、随分と強い魔力じゃないか。これはこっちも本気でいかないとやられるな。手加減してやらないから覚悟しな……!」

 ミリアも二人を手加減できる相手ではないと判断したようだ。ロイは隊員達に急ぐよう指示してから構える。

「いい女は好きだがな、あんたみたいにSっ気の強すぎる奴はあんま好きじゃねえんだ。こっちもレイポイントやられるとまずいんでね、負けてやれないな!」

「いいね。それくらいやる気のある奴を蹂躙するのはあたし好みだ。せいぜいいい声で泣きな……!」

「そのセリフ、二度と言えないようにしてあげましょう。あなたは許しません!」

 極寒の森で対峙した三人は、一陣の風と共に激突する――


 二人がレイポイントへと向かう途中。

 バシュッ!

 何かが吹き出るような音がして視界の先から一本の光の柱が上空へと伸びる。

「ちっ!」

 チカラが舌を打つ。今の音はマナが噴き出る音。そしてあの光の柱は――

「レイポイントの封印が間に合わなかったか! まずい、あれほどのマナが噴き出ればシュトラもあちらに向かう可能性がある。急ぐぞ、チカラ」

「……! 待て、ヴェル!」

 チカラが急ごうとするヴェルに制止をかける。するとヴェルもそれに気付いた。


 バシュッ!


 さらに、もう一本。

「なっ……!レ イポイントが、二箇所だと!?」

 そう。一本目のさらに南。こちらに近い位置にまた光の柱が噴き出したのだ。その中から初級・中級の魔物が何百という数でこちらに向かってくる。

「手間を取らせる……!これではあちらに到着するのが遅くなる」

 ヴェルが珍しく毒づく。このままあちらにシュトラが現れれば間違いなく副隊長達だけでは対応しきれずに全滅だ。時間が無いのは百も承知だったが焦らずにはいられなかった。

「やるしかあるまい。失聖櫃(ロストアーク)はシュトラ用に取っておくから使えんが、今はそんな事どうでもいい。行くぞ、邪魔をするならば貴様ら残らず殺してやる……!」

 チカラとヴェルは自分達の家族同然の部隊に追いつくために戦闘態勢を取る。破壊の番犬と全てを切り裂く刃を構えて。二人は、魔物の群れへと突撃した――


戦場の鐘を鳴らしたのは誰だったか。くしくも同じ時間に三つの場所で戦闘が開始される。今後の全てを決める闘いが。生き残る者には光の祝福を。死して散る者には闇の祝福を。誰もが生き残りを賭けて全力の一撃を放つ。

ああ、この瞬間は。何よりも、美しい。



『 秀、 劣、 生、 失。 』(完)


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