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壱/空、何よりも高く。
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 各自が解散して一人になった。すぐに他の奴らのとこに行ってもどうかと思うので歩きながら考え事をすることにする。いつも通りの風景。いつもと同じ風。
いつもと同じ、何もかも。違うと感じているのは自分自身のことか。それとも他のヒトが自分を見ればそう見えてしまうのか。不安感が拭いきれない。任務の事ではない、その感情の原因は――

「母さん……」

 すでに亡くなっている母の事だ。あの日以来雪那は一度たりとも母と妹、そして父のことを忘れたことなどはない。いまや両親共に他界して残る家族は妹一人になってしまったが、きっと何処かで生きているはずだ。そう信じている。だから再開した時になにを言われてもいいように母のことを少しでも知っておこうと思った。
だが、いままで母の事をまともに知る人物は誰一人としていなかった。「規格外者(ノンスタンダー)」であることはこの機関に入団した時に知ったものの、それ以来どれだけ情報を得ようとしても、基本的には結婚した後に一線を引退、家庭で幸せに暮らしていた事しか判明できていない。
雪那は知らなくてはならない、という使命感にも似た気持ちで母がどういう人物だったかを調べ続けてきた。それがふとしたことから情報を得られることになって、正直不安が抑えられないのだ。
まるで知りたいことこそが触れてはいけない禁忌のような気がしている。それでも、雪那は全てを背負わなければいけなかった。幸せだった家族を壊したのは、他ならぬ自分なのだから。


「感情の制御がまともにできてないな。ふう、これがまだ俺がガキって証拠か」


 自覚はしているのだ。自分はまだ十四歳の小さな少年だと。六歳から剣術の修行を始めて十二歳で魔法を習い、十三歳でここに入団。自分でも中々波乱の人生だとは思うがそれでもこれは必死に足掻いてきた結果に過ぎない。
他人からすればどう見えるかは分からないが、少なくとも、雪那にとってはここに入団してからようやく人生を歩き出したと言えた。歩き出したスタートが遅いのか、早いのか。求める事は母のことだけなのか、それとも真実を知った後に崩れ落ちるのか。
ゴールが予想すらできないこの道を一歩ずつ、しかし確実に今歩いている。歩いていく中で、信頼できる仲間も何人もできた。生死を共にしてきた者も多数いる。
だから一人ではないと分かってはいるのだが、やはり不安は拭いきれない。


「追い詰められてるな、おい」

 突然背後から声を掛けられて驚く。するとそこにいたのはロイだった。心配そうな表情でこちらを見ている。

「ここが戦場ならこれでアウト。背後に立たれても気付かないようじゃなあ」

「……はあ、全くだ。精神的に未熟って証拠だね」

 やれやれのポーズで雪那は答える。だがロイはさらに怪訝な表情を強めた。

「そうでもないとは思うが?そんな簡単なことじゃあないだろう。何をそこまで悩んで追い詰められてる。やはり昨日の夢か?」

 ズバリ当てられて雪那はますますどうしようもない不安に駆られる。

「当たり。親友は隠し事もお見通しだな。それとも――」

「自分が気付かないほど表情に出しているか、だろ?」

「ああ。そんなに、か」

「そんなに、だ。ミーティング中もそうだったぞ。あとで言われたがこちらの副隊長もお前がどうもおかしいと気付いてたくらいだからな」

 親友だけではいざ知らず他の者達が一目でわかるようでは余程だ。このままでは――
「話にならないぞ」

「!」

 さらに先を言われて動揺する。

「少なくとも戦場に立つときは忘れるようにしたほうがいい。今のお前なんざ三分持たない」

 致命的。これでは任務どころではない。この状態を改善する方法はただ一つ。

「対処法、というかどうすればいいかは分かっているんだ。まあ緊張しているのかな、珍しく」

「そうか。なら明日までにはどうにかしておけよ。部屋に戻ってからなにか言いたい事があれば付き合ってやるから」

「……ありがとう」

 こういう風にロイは自分に対してはとても気を使ってくれる。親友としては間違いなく百点満点の男だ。ロイがいなければ自分はもっと殺伐とした生き方をしているのだろうと思う。

「あ、言い忘れたがカーマインとテュッティがお前を探していたぞ。早めに行ってやれ」

「ん、おう」

 そんなやりとりの後、また雲ひとつない空を見上げて大きく深呼吸する。今は打ち合わせの事が最優先。頭を切り替えておかないと。

「ふう。よし、行くか」

 そうしてまた雪那は歩き出した。自分の、道を。



周りは変わる事がない。
変わり、変えていくのは自分自身である。
一人一人の行動が何かしら影響を及ぼし、何かが変わった者達がまた誰かを変えてゆく。それに気付いている者たちもいれば無意識のうちに生きている者たちもいる。
世界というものはそうやって形作られているものなのだ。
この少年は変わるのは自分の価値観と生き方だと本能的に理解している。
この結果は世界にどう響くのか。太陽はいつものように暑く、照り輝いていた――


壱/空、何よりも高く。(完)


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