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序/時、刻まれて。
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 始まりの色はいつも赤色で。終わりの色はいつも灰色だった。

「んっ……、うん……」

 ゆっくりと目を覚ます。あわてなくてもいつも見ている夢だから大丈夫、と体に言い聞かせながら。眼に映る光景は今日、泊まると決めた宿の中。大丈夫、夢だから。今は、あの続きではない。

「ふう……また、か。まあ忘れるほうが無理でしょうけど」

 まだ幼さの残る少女は深呼吸をしながら呟いた。寝ていたベッドから降りてふと、体が汗を掻いていることに気づく。

「今日のは久しぶりに最後までハッキリと見えましたね。気持ちも少々昂ってたというですか」

 コートを着、窓を開けて新鮮な外の空気を取り込む。深夜の冷えた空気は体と同時に昂った気持ちも冷ましてくれるような気がした。窓辺から見上げた夜空には溢れんばかりの輝きを放つ、満月。前に師匠(マスター)から聞いた話だとあれは月などではなく、死んだ生き物のマナを輪廻転生させるための「ガイアの穴」らしい。輝きが増すほど死んだ生き物が多いのだ、と師匠(マスター)は話してくれたことがある。

「……師匠(マスター)、私は、間違ってますか?やはり私は……間違った道を歩いていますか?」

 輝く月を見上げながら少女はつぶやく。それは師匠(マスター)に対しての質問でもあり。亡くなったあのヒトへの呟きでもあり。自分自身への、幾度となく繰り返した疑問でもあった。


 始まりの色はいつも灰色で。終わりの色はいつも赤色だった。

「む……んっ……」

 ゆっくりと眼を覚ます。久しぶりにはっきり見たとはいえ、今のはあくまでも夢でしかない。あの日の続きは一度きりしか体験し得ないから。今のは、夢だ。

「ちっ……。忘れろという方が無理だな。にしても……」

 はっきりと見えすぎた。精神的にかなりの負担が掛かったのだろう、呼吸も荒いでいる。体もじんわりと汗で濡れていた。気分が優れないので一旦、二段ベッドの上から降りる。

「……どうした。いきなり起きるとは珍しいな」

 声はすぐ隣からしてきた。せまい宿舎であるため同じ部屋に住んでいる友人の声だ。

「夢見が悪くてな、気分が優れない。少し外を散歩してくるよ」

「……そうか。あまりうるさくするなよ。俺はまた寝るから」

「ああ」

 理解してくれる良き友に感謝しながら、まだ幼さの残る少年はコートを着て外に出た。ゆっくりと散歩しながら夜空を見上げる。頭上には溢れんばかりの輝きを放つ、満月。昔、修行中に師匠(ししょう)があれは月などではなく生物が輪廻転生を行うための「ガイアの穴」なのだ、と言っていたことがある。満月ならば死んだ生き物が多く、そのマナで満たされているの状態なのだ、と。

「師匠(ししょう)。俺は今、しっかりと道を歩いていますよ。でも、このままあいつに会えば足掻く権利さえ与えられないような気がします。歩いてきた道は、もしかしたら間違いかもしれない……」

 輝く月を頭上に少年は呟く。それは師匠(ししょう)に対しての言い訳かもしれず。亡くなったあのヒトへの謝罪の気持ちかもしれず。自分自身への、自信を持てたはずの生き方への疑問でもあった。

 二人はそれぞれの思いを胸に眼に力を込める。少年は左眼に、少女は右眼に。髪の色が黒から紅(あか)に変わり、片眼の色も黒から紅(あか)に。そして体が強大な魔力で満たされるのが解る。少年は深い後悔の気持ちと謝っても許されない罪を背負い。少女は強い復讐の気持ちと繰り返す疑問、そしてわずかな希望を胸に。


 二人は輝く満月を、ただ見上げ続けていた――


序/時、刻まれて。 (完)


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